男性から女性になるMtF(Male to Female)手術と、女性から男性になるFtM(Female to Male)手術だ。

 男性から女性になるMtF手術の場合、主に2つの方法が採用される。ひとつは「反転法」と呼ばれ、ペニスの皮の部分を裏返して体内に入れ込み、膣の代替を形成する方法。もうひとつは「S字結腸」と呼ばれ、腸を活用して膣部分を作る方法である。どちらもペニスの亀頭部分にある神経を残してクリトリスの代替を作るため、「性感」は残るという。

 一方、FtM手術では、胸と性器を作り替えなければならない。詳細は本書を読んでいただきたいが、「陰茎形成」の方法には驚かされた。まず腕や脚にペニスの表皮として使える十分なスペースを見つけ、ここに尿道の代替となる医療用のシリコン製チューブを埋め込み、なじませる。十分になじんだところで、皮膚とチューブを一緒に薄く剥いでいき、ペニスのベースとして取り出し、皮膚を巻きつけるように縫合してペニスを形作り、それを股間部分で尿道と繋ぐという。こちらも性感は得られるが、勃起や射精はできない。

日本で手術が
普及しない理由

 性別適合手術は、古くは性転換手術と呼ばれていた。世界で初めて性転換手術を受けたのは、1930~31年に男性から女性への手術を受けたデンマーク人画家のアイナー・ヴェゲネルとされる(女性名のリリーをもとにその生涯が2015年に『リリーのすべて』として映画化された)。日本でも1953年に男性から女性への手術を受けたケースが報道されている。だが、1965年に男娼に性転換手術を施した医師が優生保護法違反などの容疑で逮捕された「ブルーボーイ事件」をきっかけに、性転換手術は一挙にタブー視されるようになってしまう。

 この事件以降、国内では手術がおおっぴらにはできなくなり、海外で性転換手術を受けるケースが報じられるようになる。1973年にモロッコで手術を受けたカルーセル麻紀は有名だ。日本ではこの間、一部の医師による「ヤミ手術」が行われていたようだが、その詳細は不明。90年代には大阪の「わだ形成クリニック」の和田耕治医師のように、性同一性障害に苦しむ患者のために、あえてヤミ手術に踏み切る医師もいたが、正式な手続きに則った国内初の手術は、1998年に埼玉医大総合医療センターで原科孝雄医師らによって行われた手術だった。

 この手術をきっかけに、日本国内で複数の医療機関が手術を手がけるようになったが、海外の医療機関と比べ、この「30年分の遅れ」は大きかった。本書の中で、医師にタイに行くことをすすめられた患者の証言が出てくる。この医師によれば、性適合手術では、タイを大学生とすれば、日本はまだ小学生レベルだという。それほど技術力に差があるのだ。

 日本で手術が普及しない理由は他にもある。