文藝春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文藝春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」とは。ある日、「坂本弁護士一家を殺害した」と主張する男が現れました。報じられていない情報を知っている一方で、話がどことなく嘘くさい。裏取りに奔走した揚げ句に、編集部と江川紹子さんが出した結論は「見送り」。男の正体とは一体……?(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)
なぜかCREA編集部から
もたらされた「すごい情報」
坂本弁護士が失踪してから5年、「似た顔の家族が人里離れた家にいる」とか、「奥様に似た女性が教団と生活しているのを見た」といった情報があるたび、江川紹子さんと文春編集部は取材をしていました。しかし、正直、まったくといっていいほど消息はつかめません。
そんなとき耳寄りな情報が、なぜか文藝春秋の女性誌『CREA』編集部からもたらされました。CREAの温泉特集で熊本の温泉取材チームから、私のところに電話がありました。部屋の中でみんなで食事をしていると、隣室の人が「どうも文春の人らしいので、お話がある。自分は坂本弁護士を拉致し、殺害したので文春の人にしゃべりたい」と言っているというのです。
その男は初老。愛人(?)らしい若い女性を連れているといいます。とにかく、週刊文春のチームを派遣して、その男と女性に東京まで来てもらいました。
本人いわく、「文春にしゃべったら自首する」「謝礼など要求するつもりはない」などと、信用できそうな口ぶりです。それに熊本で女性誌の編集部に出会ったというのも偶然で、ホラを吹くためにそこまでするとは思えません。
もし事実なら、大スクープです。しかし、ことがことだけに、じっくり取材をして裏をとる作業が必要だと考えました。季節は12月。暮れのこの時期は正月前に合併号を出すため、数冊が並行して進行しており、編集部は手薄です。しかも、取材内容を他社には知られたくないという事情もありました。