兄弟会の中で最初に訪れた「全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会」(全国きょうだいの会)には、行政や福祉の窓口への相談でうまくいかずに行き詰まったとき、愚痴をこぼす場として利用した。

こうしてゆおさんが得た解決の糸口は、いずれも「医療機関に受診し診断→手帳取得→福祉サービスの利用」という手順であった。ただ、兄を医師の元に連れ出すことはできなかった。

 ゆおさんは別の手段として、本人の意思に関係なく強制的に医師の元に連れ出す「説得移送サービス」があることを知った。ただ、この方法では、兄に他者への恐怖を植え付けて、さらに心を閉ざしてしまう危険性が高い。

 また、家にいながら医師の診断を受けることができる「精神科医の訪問診療サービス」という情報も得た。しかし、兄の住む市町村には、訪問診療を行っている精神科医はいなかった。

 兄の問題を公的な支援制度・システムに乗せるには、国の「精神医療保険福祉」とつなげる必要がある。このままでは、家族で問題を丸抱えして共倒れになるなどして、「自分も巻き込まれるのではないか」と、ゆおさんは危機感を募らせた。

 兄が自宅に引きこもる生活に入って20年目を迎えたとき、ゆおさんは市に相談。職員らが何度も家庭訪問して、母親と2人で対応した。自室にいた兄は、1度だけ訪問した職員と会うことができた。ところが1年後、職員の定期異動で公的機関とのつながりはいったん途絶えた。

兄が40歳になった「2度目の成人式」
母と妹は穏やかに迎えられた

「兄が家族以外の他者に会えるようになるためには、どうしたらいいのか?」

ゆおさんは、近隣の自治体にあるクリニックの障害者相談支援専門員 兼 就労移行支援事業所理事長と事業所スタッフの2人の支援者によるアウトリーチを試みた。しかし、兄は来る時間を見計らって外出するなど、2人に会ってもらうことができない。このとき確認された課題は、家族以外の他者と直接話ができる関係づくりだった。

 一方で母親は、自分の気持ちに寄り添って話を聞いてくれる支援者2人にだんだん信頼を寄せるようになり、兄が社会的支援を受けることにも協力的になってきたという。