ビジネスの世界でも活用できる

 数年前、私は富裕層が集まるイベントに参加した。すると、ある大富豪のビジネスマンが出席しているという噂を耳にした。その男性(あなたの想像を超えるほどの大富豪だ)が殺害の脅迫を受けていたという話を、私は知っていた。そこで私はこう考えた。彼に身の安全を提供する人物として、自分ほど完璧なビジネスマンはいない、と。

 それに、その大富豪が身辺警護をしてほしい、あるいは護身術などを教えてほしいという理由で私を雇ってくれれば、もっと利益のあがる仕事を獲得できる可能性もある。

 とはいえ、突然、彼のほうにツカツカと歩いていって、「私はセキュリティの専門家です。私ほど優秀な人材はいません。ぜひ雇ってください」などと言えるはずもない。それどころか、会場にいる参加者のだれもが、彼と話をしたくてウズウズしているようだった。

 そこで私は、彼のほうには近づきもしないことにした。そのかわりに、私は彼の恋人に話しかけることにした。するとその女性は結局、私がターゲットに接近するための仲介役をはたしてくれることになったのである。

 私は彼女に話しかけたあと、まず、あたりさわりのない世間話をした。料理の話を終えると、どうしてこのイベントに参加したのかという理由を、お互いに説明しあった。

 しばらくして、彼女が気を許したのがわかると、私は少しずつ話題の幅を狭めて、セキュリティの話にもっていった。そして、自分はセキュリティ会社を経営しているんですが、富裕層の人たちはじつにさまざまな脅威にさらされていますよね、と言った。彼女は私のことを信用したのだろう、じつは彼の身の安全が心配なんです、と打ち明けはじめた。身辺にもっと気をつけたほうがいいといくら助言しても、彼は耳を貸そうとしないという。

「彼には真剣に対策を講じる気がないみたいだから、私がなにか手を打とうかと思っていたところなんです」と、彼女は言った。

 この宝ともいえる情報を聞きだすと、私はまた世間話へと話題を変えた。そしてお互いの趣味についてしばらくおしゃべりしたあと、お目にかかれてよかったですと礼を言い、その場を去った。だがもちろん、後日、彼女に連絡をいれるつもりだった。そして、2日後に電話をかけた。

 彼女は私と話したことを覚えていて、電話をくださってありがとうと言ってくれた。そして最終的に、わが社に仕事を依頼してくれた。その結果、私は大富豪本人と、彼の会社の役員全員に護身術のトレーニングをすることになったのである。

 こうして砂時計会話術は、すばらしい成果をあげた。大富豪の恋人が私を雇ったのは、彼女が不安に感じていた問題について、私が安心感を与えたからだ。私は無理強いしなかったし、あれこれ詮索することもなかった。彼女自身もしょっちゅう売り込みを受けていて、恋人の大富豪に投資してもらいたい、製品を買ってほしいと言われつづけていることがわかっていたからだ。そこで私は彼女自身に共感を示し、気づかいを見せたのである。

 この体験談から得られるもうひとつの教訓。

 だれが取引を左右する地位にいて、実際に取引を成立させる権限をもっているのか、よく見きわめることが肝心だ。

(本原稿は『超一流の諜報員が教えるCIA式 極秘心理術』ジェイソン・ハンソン著、栗木さつき訳の抜粋です。本書では「砂時計会話術」を使いこなすための4ステップを紹介しています。)