ふるさと納税はもともと、小泉政権時代(2001~06年)の、国と地方の行財政改革を進める「三位一体改革」の足りなかったところを補完するための政策として、小泉政権から次の第1次安倍政権への移行期に浮上した。

 三位一体改革とは、自治体の特定の事業に対する国の補助金(国庫補助負担金)の削減、自治体間の財政格差を調整するための国からの地方交付税の縮小と引き換えに、地方に税源移譲するというものだった。

 これによって地方分権が進み、各自治体が国に頼ることなく、自らの創意工夫によって、それぞれ地域の事情に合った行政サービスを行えるようになるはずだった。

 しかし、単純な税源移譲だけだと、東京、大阪、愛知など大都市を抱えた自治体と、人口減少や過疎、地場産業の不振に悩む“地方”との格差がさらに拡大することは明らかだった。 

 それを補うものとして考案された政策の一つが、大都市圏で働く人たちが住民税の一部を、出身の地元自治体に納めることができるようにする「ふるさと納税」だ。

 第1次安倍政権が発足すると、当時の菅総務相(現官房長官)主導で、内閣の目玉政策の一つとして検討が進められた。 

 石原都知事(当時)ら大都市の首長らが、受けた行政サービスに応じて税を負担する受益者負担の原則に反するとして強く反対したが、総務省が設置したふるさと納税研究会(座長・島田晴雄千葉商科大学学長)で検討が進められ、2008年4月、麻生政権の下で、所得税法や地方税法を改正する形で成立した。

「納税」と通称されているが、法律上は、ある自治体に寄付すれば、ほぼそれに相当する額が、所得税の還付と住民税の控除で還元される仕組みだ。

曖昧だった「ふるさと」
返礼品競争を誘発

 ただ、制度には最初から不安定な要因を含んでいた。

「ふるさと」と通称されているが、別に自分の出身地に寄付しなくてもいい。居住の自由と職業選択の自由が保障されている自由主義国家である以上、当然のことだが、それだと、当初、理念として掲げられていた「美しい郷土を愛し、育ててくれた『ふるさと』の恩に感謝する本来の人間性への回帰の貴重な契機」(ふるさと納税研究会報告書)を提供するということから乖離(かいり)する。

「ふるさと」を生まれた所ではなく、かつて生活して、なじみのある「心のふるさと」というような広い意味に解するとしても、何らかの理由でその人とはあまり関係がない自治体に寄付が行われることはあり得た。