
レビュー
「相続」と聞いたらまず資産が思い浮かぶはずだが、著者のいう「こころの相続」は一味違う。私たちはモノとしての財産だけではなく、「形なきもの」を色濃く相続している。本書『こころの相続』は、そうした無形の相続を読者と考えていくために書かれたものだ。
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著者の五木寛之氏は、「形あるもの」だけが昨今の相続談義の対象になっていることに疑問を投げかける。私たちが親や家から相続するのは、目に見える財産だけではない。たとえば魚の食べ方や靴の脱ぎ方、歯磨きの仕方。こうした日常の所作に、親や家から受け継いだ、形のない「相続」がたくさん宿っているはずだ。著者は、この無形の相続を「こころの相続」と呼び、その重要性に光を当てていく。これは個人から個人の相続に限らず、社会や国家、文化、歴史などの社会的な相続をも含んでいる。
形のある財産の引き継ぎ方について考えたことがある人でも、形のない財産の相続について考えたことがある人は少ないのではないだろうか。親から引き継ぐ財産などないと思っていた方でも、聞いてみたい思い出話、引き継ぎたい習慣なら、思いつくかもしれない。
「こころの相続」は、忙しい生活ではつい後回しにしてしまいがちなトピックかもしれない。だが、自分が何を相続してきたか、相続したいか、そして子どもや子ども世代に何を相続させたいかを考える時間は、非常に価値あるものだろう。本書を入り口に、「こころの相続」について考え始めてみてはいかがだろうか。(池田友美)