現場を徹底的に調査すると
「真実」は見えてくる
そんななか、深刻な問題が持ち上がりました。
操業開始半年ぐらいで、工場が24時間のフル操業になった頃、大きな事故が頻発するようになったのです。その背景には、現場の作業員が8時間ずつの交替勤務となり、夜勤も始まったことで、作業環境が大きく変わったことがありました。
人命に関わりかねない大事故だったうえに、もしも操業を止めざるをえなくなると、事業そのものに甚大な影響も与えます。事故の原因を特定したうえで、有効な改善策を早急に実行する必要があると考えた私は、タイ人部長に対応策を相談しました。
すると、部長は「事故が起きるのは、職場のルールが甘いからだ。現場の労務管理をもっと厳しくするしかない」と断定。たしかに、それは理屈には合っています。作業工程のルールを厳格にすれば、事故を減らすことができるはずです。しかし、事故の原因を調査もしないで、断定するのはおかしい……。そんな不信感をもった私は、工場長のもとに向かいました。
部長の考えを工場長に伝えると、苦々しい表情になって、こう吐き捨てました。「また、ルール強化か」。聞くと、タイ人部長はこれまでも、工場内で何か事故が起きるたびに、ルール強化を提案してきたそうです。ルール強化をすれば、一応、労務管理担当の職責は果たした「形」にはなる。しかし、それでも事故は起きました。効果的な対策が取られないことに、現場は不満を募らせていたと言います。
そして、工場長は、私にこう指示を出しました。
「これはルールで片付けていい問題ではない。それではまた必ず事故が起きる。荒川君、何が原因で事故が起こっているのか、現場を徹底的に調べてくれないか?」
早速、私は労務部にある過去の事故記録を丹念に調べ、工場に入り浸りになって、事故の原因分析を始めました。
「事故は、どの工程で起きるのか?」「どの作業でどんな動作をしたときに起きるのか?」「いつ起きるのか?」……。思いつく限りのデータを集め、現場のスタッフのヒアリングを重ねた結果、実に興味深いことに気づきました。事故は、工程に関係なく、「食事後」または「休憩後」の1時間以内に頻発していることが、データではっきりと示されたのです。
これが根本原因だ!
私は、思わず膝を打ちました。みなさんも経験があるでしょう。食事後はどうしても眠くなる。休憩後は、休憩前までの集中力を取り戻すのに時間がかかる。人間は誰だってそうなのです。しかも、タイは年中暑いうえに、タイヤ工場では熱を使うので、なおさら暑い。さらに、夜勤も始まったため、寝不足の作業員もいる。食事後、休憩後に集中力が鈍り、事故が頻発するのも当然の状況にあったのです。
「原因」さえ正確につかめば、
「答え」は自然に出てくる
ならば、どうすればいいか?
「食事後、休憩後には体操を取り入れ、頭と体を目覚めさせる」
これが私の考えた解決策でした。工場では、毎朝、事務所の始業前に、全員外に出て日本式のラジオ体操をしていました。これを食事後と休憩後の作業開始前にもやろうと考えたのです。
拍子抜けするほどシンプルなアイデアかもしれませんが、現場の作業員に聞いても、「それはいいんじゃないか」と好評。工場長も「なるほど。やってみよう」と納得してくれました。現実をしっかりと観察して、「原因」さえ正確につかめば、あっけないほど簡単に「答え」は出るものなのです。
ただし、私の直属の上司はタイ人部長。彼のサインをもらわなければ、このアイデアを実行することはできません。
ところが、彼は、私の提案をなかなか聞き入れようとしませんでした。「体操? 何を言ってるんだ。ルールがしっかりしていれば事故は起きない。ルールを厳格化すべきだ。当たり前の理屈だよ。本を読んでみろよ」と、書棚に飾ってある労務専門書を指差します。アイデアの根拠となるデータすら見ようとしませんでした。
正直、弱りました。でも、ここで投げ出してしまっては、せっかくのアイデアが水の泡。何より、「ルール強化」では事故は減らない。だから、私は、時間をかけて、何度も部長に訴えました。とにかく、分析結果をみてくれ。現場の実態を見てくれ。部長も、食事のあとは、少し眠くなるだろう。同じことが現場でも起きているんだ。しつこく訴え続けました。
すると、ついに音を上げた部長は、しぶしぶデータに目を通してくれました。
はじめは面倒臭そうにデータを追っていましたが、徐々に表情が変わっていきました。「食事後、休憩後に事故が集中している」ことは、誰も否定できないデータで明確に示されています。驚いたような表情を浮かべた彼は、「もっと詳しいデータはないのか?」と食いついてきました。そして、「食事後、休憩後に体操を取り入れる」という提案にサインをしてもらうことができたのです。