単なる「優秀な部下」にとどまるか、「参謀」として認められるかーー。
これは、ビジネスパーソンのキャリアを大きく分けるポイントです。
では、トップが「参謀」として評価する基準は何なのか?
それを、世界No.1企業であるブリヂストン元CEOの荒川詔四氏にまとめていただいたのが、『参謀の思考法』(ダイヤモンド社)。
ご自身が40代で社長の「参謀役」を務め、アメリカ名門企業「ファイアストン」の買収という一大事業に深く関わったほか、タイ法人、ヨーロッパ法人、そして本社CEOとして参謀を求めた経験を踏まえた、超実践的な「参謀論」です。
本連載では、本書から抜粋しながら、「参謀」として認められ、キャリアを切り開くうえで、欠かすことのできない「考え方」「スタンス」をお伝えしてまいります。

優れた参謀は、上司を「人」ではなく「機関」と考えてサポートするPhoto: Adobe Stock

「相性のいい上司」に
恵まれることはないと考えておく

 私たちは、上司を選ぶことはできません。

 組織の人事は、さまざまな力学が働いて動いていますから、たとえ希望を伝える機会があったとしても、それが考慮される余地などほとんどありません。与えられた環境のなかで、結果を出していくほかないのが組織人の定め。これに異論のある人はいないと思います。

 言い換えると、相性のいい上司に恵まれることは、ほとんどないということ。それが現実です。

 ありがたいことに、私は、おおむねよい上司に恵まれてきましたので、そのことに非常に感謝していますが、それでも「これはやりにくい」と思うことはありました。私は元来、決して社交的なタイプではありませんでしたから、上司に限らず、他者との関係性には人一倍気をつかってきたのです。

 特に、上司の職位が上がれば上がるほど、難しい側面があるのが現実です。
「地位は人をつくる」と言われますが、私はかなり疑わしい言葉だと考えています。私を含めて、人間というものは愚かなもので、その地位にふさわしい人間に成長していくというよりは、その地位に就いたのは「自分が優れているからだ」と勘違いして横柄な態度を取ってしまうのが普通。「地位は“ダメな人”をつくる」というほうが真実に近いのです。

 むしろ、そのような人間の愚かさを自覚して、自らを律することができる人だけが本物のリーダーになることができるのでしょう。

 私が参謀として仕えた社長は、そういう人物でした。彼は、私が秘書課長に任命されたときに、「お前はおとなしそうに見えるが、上席の者に対して、事実を曲げずにストレートにものを言う。俺が期待しているのはそこだ」と言いましたが、そのときに、こう付け加えたのです。

「誰でも、社長になったとたんに裸の王様になる。俺も、すでにそうなってると思うが、それはとても恐いことだ」

 つまり、彼は「人間の愚かさ」を自覚し、自らがそこに陥るのを恐れていたということ。このような自己認識をもたれていた一点だけでも、私は立派な人物だったと思っています。

優れた参謀は、上司を「人」ではなく「機関」と考えてサポートする荒川詔四(あらかわ・しょうし)
世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元代表取締役社長
1944年山形県生まれ。東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むなど、海外事業に多大な貢献をする。40代で現場の課長職についていたころ、突如、社長直属の秘書課長を拝命。アメリカの国民的企業ファイアストンの買収・経営統合を進める社長の「参謀役」として、その実務を全面的にサポートする。その後、タイ現地法人社長、ヨーロッパ現地法人社長、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップの地位を奪還した翌年、2006年に本社社長に就任。世界約14万人の従業員を率い、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災などの危機をくぐりぬけ、世界ナンバーワン企業としての基盤を築く。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役、日本経済新聞社社外監査役などを歴任。著書に『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)がある。