――その文脈でいうと、日本のビジネスシーンでもレイ・カーツワイルによって知られるようになった「シンギュラリティ(技術的特異点)」が話題になっています。「人工知能が人類の知能を超える」としばしば言われます。

 ある部分で、それはそうだと思います。でも、人工知能に置き換えることのできる仕事とできない仕事が実際にはあるというか、現在の人工知能にも得意不得意があるんです。

 人間の「知能」といっても、それが何なのか中立で正確な定義があるわけではない。「人工知能に」ではなく「人間に」こそ任せるべき仕事がある。その意味で大事なのが、人工知能との「共存」です。

 僕は、史上最年少で将棋タイトルを獲得した藤井聡太棋聖は、共存のモデルケースだと思っています。彼は、人工知能を搭載した将棋ソフトで指し手の研究をしていますが、AIが導き出す“定跡”をも、ある意味で覆すのが藤井さんなんですね。

――藤井さんの師匠・杉本昌隆八段は、当初、AIの使用に待ったをかけたそうです。将棋ソフトに手軽に「答え」を求めるのではなく、思考力を研ぎ澄ませてほしかったと。藤井さんが小学生のときです。

 彼は現在の人工知能のネイティブです。将棋の定跡の研究ももちろんするけれど、ゼロから考えて最善の手を導き出す鍛錬も徹底的にしている。

 例えば、人工知能はコンセプトワークが不得意なんです。全体を統合するような発想が苦手で、それはAIの翻訳ソフトなんかを使っていても感じます。「GPT-3」という文章を自動生成するシステムがあって、それを動かしていると文章が何かおかしくなっていくんです。意味も通っていて、文法的にも正しい。でも、意図というか意味の焦点がぼやけてきて、「どこにもたどり着かない」という印象になっていく。

――それは、一つの人格的なものに言葉が統合されないからでしょうか。

 人間って話したり物を書いたりするときに、方向性の設定や微妙な調整を行ったり、一言の「含意」の深さを捉えたりしているんです。そういったコンセプトに沿う・沿わせる思考は、人工知能が普通という時代になっても人間の付加価値であり続けると思います。