意識やクオリア、直感について
いま語るべき理由

――あらゆる要素をパッケージにして、このコンセプトで「行く」ということが、まだ人工知能にはできないのですね。

写真:茂木健一郎氏
もぎ・けんいちろう/1962年東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして「意識」を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

 そこに関わっているのが「意識」なんです。ペンローズがいうように、全体を統合して見るものが意識です。ですが、今の人工知能に意識があると考える人はまずいないでしょう。

 もしも人間が、自分たちの似姿として人工知能をつくろうとするのなら、意識の問題は避けて通れません。現在の研究はその「意識」には手が出せないでいるんですね。ですので、新刊のタイトルは「人工知能」ではなく「人工意識」にしました。人工知能の可能性をきちんと引き受けつつ、ある意味で人工知能の限界を示すためにそうしました。

――茂木さんがライフワークのキーワードにしている「クオリア」もそこに関係してきますね。意識はクオリアに支えられています。

 わたしたちが赤い色を見るときのあの「赤らしさ」、水にふれたときに腕を伝う流れの感触、冷たさ、バイオリンの音色、バラの香りなどの“質感”がクオリアです。

 そのクオリアがどう生成されているのかがまだよく分かっていない。私が持つこの「私」という感じも、どうやって生じているのかが分からない。しかし人工知能の研究はこの問題に向き合う必要があります。

 人工知能を人類にとってよりメリットのあるものにする上で、この問いに答えることは必須ですし、そもそも人工知能について考えることは、「知性とは何か」「意識とは何か」「私とは何か」「人間とは何か」といった問いを深めることにもつながります。人工知能がわれわれを映す“鏡”になるんです。