当たり前の話だが、戦争というのは「殺し合い」ではなく、領土・領海を守るなどの政治的な目的を達成させるために行われる。なので、局地的に行われる戦闘も、「前線基地を守る」「制空権を奪う」といった目的を達成することこそが「戦果」となる。

 が、戦時中の日本は戦いが長引くうちに、そうした考えがスコーンとどこかへ飛んでいってしまい、敵の戦艦をどれだけ沈めたとか、飛行機をいくつ落としたとかいう「数の積み上げ」が「戦果」になってしまうのだ。

「数の積み上げ」がよくわかる
戦時中の新聞報道

 そんな「数の積み上げ=戦争」という空気に日本中が包まれていたことがよくわかるのが、戦時中の読売新聞の「戦果」報道だ。一例を挙げよう。

「敵機撃破1561 事変以来累計1月より5月まで海軍戦果発表」(1939年6月1日)
「本年上期海軍の作戦と輝く戦果 敵機撃破 累計2000余」(1941年6月1日)
「累計370余機屠る ジャワで陸海荒鷲戦果」(1942年2月6日)
「艦船撃沈確実に181 敵20年の豪語 今や水泡 総合戦果累計」(1943年2月14日)
「累計2673機 陸海軍部隊輝く戦果」(1943年7月10日) 

 何を勝ち得た、何を守った、ということよりも、「数の積み上げ」に軍部とマスコミがどんどんのめり込んでいることがうかがえよう。

 ワイドショーが放映されている時間に合わせ、いかにも「衝撃的な数字です」という雰囲気を漂わせて新規感染者を発表するどこかの首長と、よせばいいのにそれを「速報」で流してグラフをつくって大騒ぎをするマスコミという両者の構図は、実は戦争中にでき上がったのである。