南海トラフ地震の想像を絶する破壊力写真はイメージです Photo:PIXTA

近い将来かなり高い確率で起こると言われる、南海トラフ地震。防災対策の必要性が叫ばれて久しいが、過去にはどんな被害があったのかご存知だろうか。江戸時代、昭和時代に起きた過去4回の南海トラフ地震を例に挙げ、その破壊力を専門家が解説する。※本稿は、京都大学名誉教授の鎌田浩毅『日本史を地学から読みなおす』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

江戸時代末期に発生した
南海トラフ地震

 1853年7月(嘉永6年6月)、ペリー提督率いるアメリカの艦隊が浦賀(神奈川県横須賀市)にやってきました。いわゆる黒船来航です。

 翌1854年3月に「日米和親条約」を締結し、アメリカに対して港を開きます。こうして200年以上続いた鎖国が終わりました。この出来事は、江戸幕府の“終わりの始まり”であり、のちに「幕末」とよばれる江戸時代末期に突入します。

 1854年12月23日(嘉永7年11月4日)の午前9時ごろ、関東から四国までの広い範囲が激しく揺れました。「安政東海地震」です。地震発生時の年号は「嘉永」ですが、地震発生から1カ月もしないうちに「安政」に改元されるため、安政東海地震とよばれています。

 この地震は、1707年の宝永地震以来、147年ぶりに発生した南海トラフ地震でした。M8.4と推定される超巨大地震であり、南海トラフの東側半分(東海・東南海)が震源域だと考えられています。

 震源に近い静岡県や内陸の山梨県では、震度7と推定される激しい揺れが発生しました。それによって多数の家屋が倒壊し、多くの死者が出ました。

 そこに追い打ちをかけるように、巨大な津波が太平洋沿岸を襲いました。