同時に、一般的には、過去の英知によって培われた原則(経営理念や社訓、成功法則といったもの)に現実を重ねて意思決定は行われるが、状況の変化や多様な意見の前では、原則に基づいた見解を守りぬくことは難しいかもしれない。その新しい現象は原則の適用できない領域に属するものかもしれないし、単なる例外かもしれない。リーダーの知的苦悩は深まるのみである。

(いろいろな新しい意見や見解が)すべて疑わしい場合には、最初の意見(原則)を固守し、明白な確信によって強制されないかぎり、これより逸脱しない(中略)過去の確信に優先権を与え、これを固守することによってこそ、行動には、性格と名づけられる堅実性と首尾一貫性が付与されるのである。(86章)

 リーダーの言動が首尾一貫性を持ち、ぶれないリーダーとしてメンバーから信頼されるためには、これまで適用してきた原則が、明白な証拠やなんらかの確信によって覆されるまでは、それを守り続けることが必要である。たとえば、すでに過去長い間、あるいは一定期間実施して有効だということが分かっている施策は、目先の利益や、無責任な横やりが入ったからといって簡単に変えるべきではないということもあり得るだろう。

 さきほどと反対のことを言うようだが、矛盾ではない。原則は守りぬくということは、本来、原則が適用不可能であると確信した場合には、即座にその誤りを素直に認め、意思決定や行動の基準を変えるということをも含んでいるからである。

 このように、耐えざる状況認識と、過ちに気づけば直ちにそれを認め修正を受け入れる態度、ぶれない一貫性、これら3つが、難局に立ち向かうリーダーに求められる知性の内容である。

名誉欲でもいい
感情を燃え上がらせる動機があるか

 次に勇気である。難局が続き損失が増大してくると、組織が疲弊する。さまざまな事情で働けなくなるメンバーも生まれてくる。お金が無くなると、過去できたこともできなくなる。

肉体力と精神力のすべてが衰えつつあるという全般的印象であり、流血の犠牲者の姿がもたらす胸を裂く思いである。指揮官は、まず自分の心のなかにおこるこうした心情とたたかうだけでなく、大衆の心のなかにあるそれとも戦わなくてはならぬ。(78 章)

 直接的なストライキや反乱の類いが発生することもあるだろう。さらには、メンバーの精神状況が悪化し、組織の規律が保たれなくなることもある。リーダーは、自分の心の中にすら生まれてくるこうした“マイナスの心情”と戦うだけでなく、メンバーの心の中に生まれてくる“やけっぱちな心情”とも戦わなくてはならない。

個々人の力が衰えてゆき、もはや自分の意思でこれを刺激したり、もちこたえたりすることができなくなると、大衆の全体的無気力は次第次第に将軍の意志の上に重くのしかかってくる。指揮官の胸に燃える炎と頭脳の光明によって、大衆のなかに再び努力の火をかきたて、希望の光を燃え上がらせねばならぬ。このような能力のある将軍だけが、大衆を制御し、その主人たる地位を保つことができる。(78 章)

 ここで負けてはいけない。メンバーの中に再度やる気をかきたて、希望の光を燃え上がらせねばならない。それこそがリーダーの仕事だ。ただ、このような強い力が発揮されるためには、動機が必要である。なぜ難局にあっても、リーダーは人々を鼓舞し希望の光を燃え上がらせることができるのか?

行動の気力とは、行動を呼びおこす動機の強さを表現する。この場合、動機が知的確信より生じたものであるか、感情の昂奮に由来したものであるかは、問うところではない。しかし、強い力が発揮されるためには、感情に由来する動機が不可欠である。率直にいって、名声と栄誉にたいする憧憬ほど強力で、恒久的なものはない。(78章)

 その動機は、実はなんでもよい。名声と栄誉を求める虚栄心でさえ、強固なエネルギーとなりうるなら問題にならない。たとえば、有名になりたい一心で難病の薬を開発する人がいたとして、実際にその薬が人の命を救うなら、薬の開発の動機が名誉欲であっても、「きれいな」動機であっても、まったく関係ないということである。感情に根ざしたものであるほうが動機は強固に長続きする。