昨今のスタートアップ・エコシステムは、アベノミクス以降の上げ相場と共に拡大してきた側面があります。しかし、今回のコロナ禍で、初めてのリスクオフ局面を迎えました。こうしたリスクオフ局面を乗り切るため、これまで資本市場、投資家が、Post-IPOスタートアップをどのように選別してきたのか、そこから何か学びを得られないか、前編に続き、本稿にて整理を試みます。
株主価値増加額トップ15社の分析
前回は、2018年以降マザーズ新規上場144社を対象に、公開規模別に分析を加えてきました。今回は、この144社の中で、株主価値の増大額が大きいトップパフォーマー15社を分析していきたいと思います。
一覧を見ると、上場時の時価総額は概ね100億円前半、その後の株価上昇率が200%を超えているような企業も多く見られます。業態を見ると、SaaS、ITサービス、AI、シェアリングといったソフトウェア系企業が圧倒的に多いことがわかります。
また、顕著な特徴として、ほとんどがBtoBサービスを展開する企業です。
キーワードとして、BtoB、デジタルトランスフォーメーション(DX)、シェアリングエコノミーといったキーワードへの注目度が高く、既存アセットの効率化という長期的なトレンドや、爆発的な成長可能性がある新規ビジネス、これらを投資家が選好しているものと思われます。
次に、株主価値増加額トップ10%の15社と、ボトム10%の15社について、財務的な特徴を比較します。
まず、マーケット全体の株主価値増加に対しては、ほぼトップ10%にあたる15社の貢献だけで説明できることがわかります。いかにトップ10%に資金が集まっているかが見て取れるでしょう。
下段の財務的特徴を見ると面白い点が見えてきます。トップ15社は、実は1社あたりの売上高が一番少ない一方で、平均売上高成長率が76%と圧倒的に高い。同様に、営業利益・キャッシュフローも特徴的で、トップ15社は営業利益率が最も低いが、フリーキャッシュフローを見ると先行投資型であり、利益率は改善傾向にある。
一方で、中位の会社は営業利益率が高いけれども、フリーキャッシュフローを十分に投資できていない。ボトムの15社は、売上規模・粗利率では優秀な数値であり、先行投資もしている様子が見て取れるが、売上高成長率も低く、利益率が悪化傾向にある。
つまり、成長に向けて先行投資しているだけでは足りず、売上高成長や収益率改善といった短期的リターンも同時に求められており、それができなければ、マーケットから厳しい評価をされることがわかります。
今回、基準日を4月13日に設定しましたが、決算後の状況も確認しました。トップ15社は、ほとんどの会社が決算を受けてさらに時価総額を増加させており、このトップ10%に資金が集まる傾向が加速していることがわかります。
また、バリュエーションも非常に特徴的で、15社中5社が赤字である中、何百倍ものバリュエーションがされている。とてもPERでは説明しきれないバリュエーションです。正直なところ、投資家がこの高成長のモメンタムに、強くベットして投資している傾向が見えてきます。
トップパフォーマー15社のIPOタイミング
続いて、上場前後での財務的な特徴を比較します。まず、N-1期の売上高を100としたときの売上高推移を見ると、上場後、順調に売上高成長が加速していることがわかります。
期別に、売上高・売上高増加額を平均値で示したものを見ると、やはり、売上高増加額がどんどん積み上がっているのがわかります。IPO後に競争力が増し、売上高が加速度的に成長している会社が、やはり市場から選好されているという特徴が見えてきます。逆に言えば、市場はこれぐらいの高成長を期待しているのだとも言えます。
また、これらの企業は、上場後の売上高見通しを高い確率で達成しています。見通しに対して実績が確定する、というサイクルを20回実施したうち、17勝3敗で実績が見通しを超えています。投資家に対してコミットした高い目標をさらに超えていく、こういったIR力と実行力がさらに投資家の信用を勝ち得ているという特徴も見えてきます。
次に、利益を見てみましょう。15社を、黒字10社と赤字5社に分けて指数化しました。
黒字化企業は、IPOタイミングの選び方に特徴があり、IPO直前の期で少し黒字を出し、さらに利益が伸びるタイミングをIPO期に選んでいる会社が多いことがわかります。利益拡大が見込めるタイミングで上場し、その後しっかりと利益を伸ばしています。こういった企業が、アウトパフォームしている、ということがわかります。
一方で赤字企業についてはIPO前、n-2期で大きく投資に踏み込み、その後赤字額を減らしながら上場しているように見えます。より詳細を見てみましょう。成長投資のニーズの違いによって、営業利益推移を比較した図です。
営業キャッシュフローの範囲で投資ができている会社は、先述した黒字企業と同様の傾向を示しています。
一方、SaaSのように、しばらく赤字が続くビジネスモデルの企業は、IPOも依然として赤字のままです。ビジネスモデル、投資に対するリターンの構造がしっかり説明できているため、IPO後も赤字のままであっても、マーケットからきちんと支持されている、という特徴が見て取れます。
特徴的なのは、すでに一定規模の既存事業を持ちながら、新規事業開発やM&Aに積極的な会社群です。これらの会社では、投資期と回収期の差が短期的に表れキャッシュフローがブレやすいのですが、赤字化しても短期的に利益回復する、投資に対してリターンが返ってくる、という戦略的な姿を見せながら上場している、という傾向が見えてきます。
IPO前後で、ストーリーのある財務戦略を持つことが肝要
最後に、これらの会社の財務戦略・投資戦略を分析します。
2018年以降マザーズ新規上場144社の、IPO前の累計資金調達額は約1400億、IPO時の公募額で約2400億となっています。つまり、平均的なマザーズ上場企業は、IPOタイミングでしっかり資金調達し、その後の運転資金を蓄える、という傾向を持っています。
しかしここまで詳細に分析してきた、トップ15社にはこれとは異なる特色があります。営業キャッシュフローの範囲内で投資ができる会社は、IPO前も資金調達額が少なく、IPOでもあまり資金調達せず、最低限の資本・資金で希薄化を避けながら事業運営しているという特徴が見られます。
一方で、積極投資を行う会社は、IPO前も、IPOタイミングもしっかりと調達をする傾向があります。そして、既存事業が確立している会社では、他に比べてデッド・ファイナンスを活用しているという特徴があります。資本基盤を厚くしながらデッド・ファイナンスを活用することで、機動的に新規事業やM&Aにチャレンジできる体力を確保し、成長を加速させる準備している。これは彼らの特徴的な戦略だと言えると思います。
もう一点、特徴として挙げられるのが、IPO後に資金調達をしている会社がほとんどないということです。IPO後にも資金調達をしている2社が、トップ15社に入っているということも注目すべき点でしょう。1社はHIROZ社で、増資で40億円を調達しています。もう1社はラクスル社で、CB(転換社債型新株予約権付社債)で50億調達しています。
それぞれ事業の特徴を鑑みてデット型・エクイティ型を選択して資金調達していますね。ここまで株価を上げた状態で、さらに投資力を拡大するという戦略が取れていることは、これもまたトップパフォーマーの特徴だと言えると思います。
最後に、これまでの分析から見えてきた示唆をまとめます。
まず、上場前に先行投資を行い、上場後少なくとも数年間は「圧倒的な売上高の成長」を実現できる事業基盤を使っていくことが非常に肝要です。
一方、持続的かつ圧倒的な成長ストーリーがしっかり訴求できる状況であれば、財務的に黒字であるか利益率が高いかは、さほど重要ではないと言えます。目先の利益ではなくて、中期的な「圧倒的な成長」を実現するための先行投資をしっかり実現し、かつそれに見合ったリターンを短期的に出し続けるということ、これが重要です。
また、選別が厳しい上場市場ですので、投資家の高い期待値ハードルを超え続けるのは簡単なことではありません。売上高の急拡大を支えるような組織基盤、先行投資を可能にするような財務基盤を上場前から作っておくということが大事だと思います。
*本稿は2020年5月27日に開催したシニフィアン主催のウェビナー「マザーズIPO企業から学ぶ、上場後も成長する企業の特徴とIPOに向けての心構え」をベースに、signifiant style 2020/8/10に掲載した内容です。
(講演:村上誠典 ライター:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)