「何ページから何ページまでは前回の論文でも触れていらっしゃるので、カットしたらいかがでしょうか」といった表現で、とりあえず原稿用紙30枚くらいはカットできる勘定にして、都知事秘書室に届けました(ちなみに、石原先生の悪筆は業界でも有名で、原稿にご自身が読み上げた録音テープがついているので、それをもとに編集者が原稿をつくっていました。都知事になられて何が嬉しいかといえば、知事秘書室が清書してくれることでした)。

 数日たって、石原先生が来社されました。ニコニコしながら封筒に入れた原稿をテーブルに置き、「急にお願いしたのに、すぐ出してくれてありがとう」と颯爽と帰っていきました。「さあ、どれだけカットしてくれたかな」と、封筒から原稿を取り出し、開けてみました。

 1枚目の原稿に大きな文字で一言「黙れ!」……。

 もう言いようがありません。

 そして20分後、今度は電話です。

「私の担当をしてくれている若いやつ(大体名前は覚えていません)は、俺のことが好きみたいなんだ。だから原稿にいろいろ注文をつけてくれる。ありがたいんだが、私は私の原稿に自信がある。彼には、申し訳ないと言っておいてくれ」

 妙な気配りはある人です。

本物の人ほど、身近な人が
そばから離れない

 私には長い経験則があります。ドーナツ現象というものです。「時の人」となった人物を見るとき、本物の人ほど、身近な人がずっと身近にい続けて、離れません。ところが、偽物というのでしょうか、時流に乗っただけの人は、身近な人から離れて行きます。ドーナツみたいに真ん中が空洞で、外側の人ばかりが褒めている、そんな人は信用できない。そう思って編集してきました。

 田中真紀子さんしかり、小沢一郎さんしかり、身近な人が離反し公に声をあげるような人は、やはりどこか人間として欠けている部分があるのでは、と思ってきました。その点では、石原慎太郎さんや小泉純一郎さんは身近なところから離反者がでません。それを人徳というべきなのでしょうか。