日本を支えてきた団塊の世代も、今や70代。
まだ先は長いとはいえ、「死」が頭をよぎるのも、また現実。
さて、いかにして人生をまっとうするか。
どんな肩書きも外して、「死ぬまで上機嫌。」がいちばんいい。
人生は考え方次第。
苦労の多い人生だったとしても、
「まあ、これでいいか」
と思えれば、万事解決。
終わりよければすべてよし、なのだ。
新型コロナウイルスの感染拡大を経験するなど、
「いつ死んでもおかしくない」という状況を目の当たりにしている。
ただ、いつ死ぬかわからないからといって、怯えてばかりいても仕方がない。
どんな状況を目の当たりにしても
「まあ、これでいい」「こういうこともあるだろう」
と鷹揚に受け入れられる自分でいたい。
そして、『死ぬまで上機嫌。』でいたい。
漫画家・弘兼憲史が「そのとき」が来るまで、
存分に人生をまっとうする上機嫌な生き方を指南する。

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どんなに年下でも、敬語を使って話す

あるとき、ファミレスにタッチパネル式のセルフ注文端末が導入され、画面に表示されたメニューを自分で操作して注文するシステムに変わっていました。

若い人たちは難なくタッチパネルを操作して注文できるのですが、機械に疎い年寄りには、戸惑う様子も見られます。

中には、「これじゃ注文できない! 上の人間にいってやめさせろ!」と怒っている高齢男性もいました。

黙って聞き続ける若い店員さんは、悲しそうな顔をしていました。

もちろん彼女に罪はありません。

慣れない情報端末の操作に戸惑う気持ちはよくわかります。

人間は、年を取ると変化に弱くなるものです。

でも、わからなければ、素直に頭を下げて教えてもらえばいいだけじゃありませんか。

「すみません。注文の仕方がわからないので、教えていただけますか?」

謙虚にお願いをすれば、邪険に扱われることはないはずです。

傍若無人に振る舞う高齢者は、自分が周りの人からどう見られているかという視点を完全に失っているのだと思います。

他人がやっていることだと「いい年をして、立場の弱い若い娘さんに大声を上げるなんて、みっともない」と気づくはずですが、自分のこととなると途端に見えなくなってしまいます。

自分のことばかり考えていて、客観的なモノサシが働かないのです。

この余裕のなさは、いい年の取り方とはいえません。

新型コロナでマスク不足が問題となったとき、ドラッグストアで店員さんに「どうなっているんだ!」と詰め寄る高齢者がいると報じられました。

こんな高齢者が増えると「高齢者全体が社会のお荷物である」みたいな偏見も、ますます助長されかねません。

とにかく、「ダメな年寄りの振り見て我が振り直せ」です。どんなに年下の人が相手でも、敬語を使って話すくらいでちょうどいいのです。