息づかいは多分、体力や気力を反映します。そして文章でいうと、句読点の位置が多分、息づかいに相当するのだと思います。

 宮城谷さんは「同じ息づかいの作家を発見したとき、自分というものがわかった。それからは文章が自信をもって書けるようになった」とおっしゃっています。私は大学の授業で、これを実践せよと言っています。何人かの学生は、「自分と息づかいが合う作家が見つかった」といってくるくらいです。

 これだけではありません。宮城谷先生の文章に関する工夫には驚きます。司馬遼太郎さんが亡くなったとき、私はいつも努力して司馬さんに近づきたいと考えた。しかし、「どうしても漢字率が司馬さんより多くなる」などと研究していることを教えていただきました。

 司馬さんは、『国盗り物語』などで豊臣秀吉を登場させるとき、最初にサルというあだ名をもってくる。すると「豊臣」も「秀吉」も使わなくてすむから漢字が少ない。「作家はそこまで考えているのか」と驚かされました。

 そんな宮城谷さんに、私は悪魔のような仕事を2回もお願いしてしまいました。1度は『オール読物』在籍時。司馬遼太郎先生が亡くなられました。オールの締め切り寸前です。司馬さんへの弔辞を書いていただくことをすぐに決め、お電話をしました。

 作家が一番尊敬する作家に対する弔辞を一晩で書けといってきたのは、小説誌の中で文春だけだったようです。周囲から、「宮城谷さんに失礼だろう」「もっと時間をあげて、いいもの書いていただくべきだったろう」とお叱りを受けました。

宮城谷家には
足を向けて眠れない――

 で、その1年後、今度は『月刊文芸春秋』の編集部にいるときに、藤澤周平さんがお亡くなりになりました。また締め切り直前です。宮城谷先生担当の私としては、またお電話を……。「また、君か……」と絶句する声に申し訳ないと思いつつ、どうしても先生の原稿がほしいとお願いして、またお時間をいただきました。

 以来、宮城谷家には足を向けて眠れない……と、心の中では思っています。