「高機能・低価格」という4000億円の空白市場を開拓し、10期連続最高益。ついに国内店舗数ではユニクロを抜いたワークマン。
急成長の仕掛け人・ワークマンの土屋哲雄専務の経営理論とノウハウがすべて詰め込まれた白熱の処女作『ワークマン式「しない経営」――4000億円の空白市場を切り拓いた秘密』が大きな話題となっている。
このたび、朝2時半起きの土屋専務と、競争戦略の第一人者である一橋大学ビジネススクールの楠木建教授が初対談。数々の企業を見続けてきた第一人者はワークマンをどう分析しているのか。しびれる戦略とは何か。(構成・橋本淳司)
「しない経営」をさらに進化させた
「もっとしない経営」とは?
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を『ワークマン式「しない経営」』で初めて公開。本書が初の著書。「だから、この本。」でも5回のインタビューが掲載された。
楠木建(以下、楠木) 他社との違いをつくるというのは、トレードオフをつくることです。
つまり、やらないことを決めることで、自分たちの違いを明確にする。
戦略的意思決定は「何をしないかを決めること」です。
土屋哲雄(以下、土屋) 私はワークマンに入社し、この8年間で変えた企業文化の7割くらいを変えました。
その1つは「エクセル経営」を実行し、社員全員がエクセルのデータを活用し、経営に参画することですが、もう1つはワークマンの真骨頂である「しない経営」をさらに進化させた「もっとしない経営」を浸透させることでした。
楠木 「何をしないか」を徹底するということですね。
土屋 大きく3つの「しない」があります。1.社員のストレスになることはしない、2.ワークマンらしくないことはしない、3.価値を生まない無駄なことはしないが基本的な3つの柱です。
楠木 それはワークマンの経営にとって重要な規律になっていますね。
土屋 新しい戦略を考えるときも「しない」を重要視します。
Workman Plus(ワークマンプラス)をつくるときも、「目標は少なく」「人をかけない」「お金をかけない」「期限を定めない」の4つの「しない」でスタートしました。
最初の3年間はほぼ私一人で新業態の仕掛けを考えました。
私の工数は0.2人/月、手伝ってもらった経営企画スタッフは0.1人/月。
使用した経費は10万円の資料です。
重要なのは、人とお金はかけずに、企画と準備に時間をかけること。
短時間で実施しようとすると、人とお金をかけたわりに小さな事業になりやすい。
楠木 ストーリーをつなげているロジックがワークマンの生命線。
いろいろなことをやっているように見えますが、戦略ストーリーのロジックが崩れるようなことは決してしない。そのなかで特徴的なのは「期限を定めない」ですね。
土屋 ワークマンでは、仕事に期限を設定していません。その代わり、やろうと決めたことは時間がかかっても必ず実現させます。
楠木 どうしてこのようなことをやろうと思ったのですか。
土屋 期限を設定すると、締切を守ること自体が目的化してしまい、仕事の質があきらかに下がるんです。
期限までにできないとわかると、「達成しないと評価が下がる」「達成しないと恥をかく」など保身や面子のために、仕事の質を落としてやり遂げたことにしてしまうケースが多い。優秀な人ほどそうです。
残業するくらいなら期限を延ばせ
楠木 決算発表を延ばしたこともありますね。
土屋 近年は決算早期化の流れもあり、決算発表を延ばすのは異例のことです。
当社は毎年4月末に決算発表を行っていました。そのために経理部の負担は大きく、決算発表直前は残業続きになっていました。同時に監査法人も残業をします。短期間で監査を終えようとすると仕事の質が落ちますよね。そこで決算発表を1週間、延ばすことにしました。
楠木 上場企業ですから、さまざまな方面から批判されるかもしれない。
土屋 それは覚悟しました。ただ、締切を守っても、社員が体調を崩したり、監査法人がきちんとした仕事ができなかったりしたら意味がありません。
結局、決算発表を延期したことで、経理部はストレスなく仕事ができましたし、監査法人も余裕を持って入念にチェックしてくれました。株価にもまったく影響なく、批判も受けませんでした。
楠木 「残業をする」と「期限を延ばす」というトレードオフの選択で、はっきりと後者を取り、前者を捨てている。