データを活用した経営も「しない経営」

楠木 全員参加の経営にしたのはなぜですか。

土屋 新業態に行くと、これまでの勘と経験が使えないからです。
そこで全員でデータを活用し、会社の舵取りをしようと考えました。
勘と経験による意思決定を、データに基づく意思決定に変え、誰でも参加できる経営を目指しています。
昭和、平成時代に成功体験を持つ経営者が、いままでの勘と経験を頼りに舵取りしようとすると、社会の変化に対応できない。勘と経験による意思決定は会社の大きなリスクポイントだと認識しています。

楠木 社歴に関係なく、データを活用して議論できるし、アイデアを集めることもできますね。

土屋 じつはデータを活用した経営も「しない経営」なんです。

楠木 どういうことですか。

土屋 経営者から見れば「社員のストレスになることはしない経営」であり、社員にとっては「上司に忖度しない経営」ということです。
ストレスになること、自分の強みではないこと、価値を生まない無駄なことは徹底的に排除しているのですが、とくに相手のストレスになることを「しない」は重要だと思います。
「しない」とは、相手の立場で考えると「されない」ということになりますよね。

楠木 言われてみれば、その通りですね。

土屋 無駄な仕事を与えられない、できないことをさせられない、無用な干渉をされないことで、自分の時間を有効に使えるし、自分の頭で考えて、行動することができます。
その結果、楽しみながら、仕事の結果を出すことができるのです。

楠木 戦略ストーリーのロジックを組み上げるときに、誰もが「そうだよな」と思えることが大切です。ロジックとはそういうものです。一般の社員の気持ちを理解していなければ、ロジックは組めない。この点において、ワークマンは傑出していると思います。
目先の利益に魅了されて、規律を失い、自社らしくないことをやるから競争力が維持できない会社が多いのです。

(第4回へつづく)

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。

土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。