「ややこしい話をシンプルに説明する人」や「瞬時に自分の意見を出す人」を見ると、多くの人が「この人は頭がいい」と感心する。なぜ「頭のいい人」は、いつでも「スジの良い意見」や「わかりやすい説明」ができるのだろうか。
会員数100万人超の「スタディサプリ」で絶大な人気を誇るNo1現代文・小論文講師が、早く正確に文章を読み、シンプルでわかりやすい説明ができる頭の使い方を『対比思考──最もシンプルで万能な頭の使い方』にまとめた。学生から大人まで「社会で通用する論理的な思考」が身につく画期的な1冊と話題だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

対比思考
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「論点を見抜く力」が身につく「2大キーワード」

 対比的な学問用語は、柔軟なアイディア発想の味方になってくれます。中でも「リバタリアニズム」と「パターナリズム」は、人間の振る舞いについて考えるときの「2大対比キーワード」と言えるものです。本書でこれらの学問用語を取り上げる理由は、日常生活でもビジネスでも驚くほど新鮮な視点を提供してくれるからです。

 「リバタリアニズム」とは、他人に危害を加えない限り、何をしてもよいという徹底した自由主義の考え方です。自己への危害ならば自由の範囲内です。

 一方、「パターナリズム」は、相手(他者)にとってよいことは強制し、相手にとってよくないことは強制的にやめさせる考え方です。

 どっちに与するかということではなく、物事を考える方法論として知っておきましょう。

髪型の校則「地毛証明書」不合理なルールの正体

 日本の学校の校則を考えてみましょう。

 大抵、茶髪も金髪もパーマも禁止です。「天然」である場合、「証明書」を要求されたり、ストレートパーマをかけることや黒くする「加工」を要求されることがあるようです。

 そうなると、「学校は勉学の場であり、生徒は学業に打ち込むのが本分だから、ヘアスタイルの加工などでうつつをぬかすな」という理由から「黒髪・ストレート」を要求しているわけではないということがわかります。

「黒髪・ストレート」が「あるべき姿」と前提化されて、「天然」だろうがなんだろうが、そこから外れるのは「あるべきではないもの」として矯正の対象となってしまう。とにかく一定の規格で管理したいということでしょう。

 リバタリアニズムの視点では、どんなヘアスタイル・ヘアカラーも他者危害でない限り自由です。他にも「授業中に寝る」というのはどうでしょう。いびきがひどければ、他の生徒の学習機会を毀損したことになりますが、スヤスヤ静かに寝る限り自由です。

 たしかに、ちゃんと授業を聞いていれば、そこから得られた知を逃してしまう。けれども自分の学習機会の喪失として自己危害、愚行権の内だとリバタリアニズムでは考えるでしょう。

 ただし未成年の生徒は親の保護下、教師の保護下にある存在で、愚行権を含む選択の自由は制限されるという見方もできます。教師は、教室における保護者として、「生徒のためを思って」ちゃんと目を覚ませと指導することができるという見方です。予備校講師は、授業を魅力あるものにして受講者を眠らせないようにするという道を選ぶでしょう。

 元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは、著書『知的再武装 60のヒント』(池上彰氏との共著/文藝春秋)の中で、この他者危害原則を大学の講義において実践し、効果を上げていると語っています。

 すなわち400~500人の大教室での講義で私語を止めさせる効果です。講義中、物を食べるのも、ヘッドホンで自分の世界に入るのも禁止はしない。愚行権の行使だ。講義中の振る舞いとしては見苦しくても、高い学費を払っているのに学習機会をスルーすることも認める。

 しかし、近隣の学生とおしゃべりをして、授業を聞こうとする他の学生の邪魔をするのは他者危害で認められない。これをアナウンスすると私語はなくなるそうです。これも方法論的リバタリアニズムの使用例でしょう。

 ピアスもましてタトゥーも禁止で、多くの中学高校で、退学ものでしょう。これは「学校は勉学の場であり、生徒は学業に打ち込むのが本分だから、うつつをぬかすな」という見方が当てはまりそうです。

 ところが、ある種の民族的習慣として、幼少期ないし青年期にピアスをする、タトゥーを入れる文化というものがありえます。事実、カナダ・アメリカ・オーストラリアなどさまざまな民族的ルーツをもつ人が社会のメンバーであるような地域では、特殊な校則はなく「他者危害原則」があるだけです。学校で人を刺すな、撃つな、盗むなだけです。ヘアスタイルやピアスやタトゥーを規制しようとすると深刻な文化衝突を招きかねないからです。

 すると日本では文化的、ついでに身体的均質性までを前提にしていることがわかります。それがいいことか悪いことかは置いておいて、方法論的リバタリアニズムからわかることがあるということがここでは重要です。そのつもりで日常空間を見回してみましょう。

(本原稿は、『対比思考──最もシンプルで万能な頭の使い方』からの抜粋・編集したものです)