富士山をバックに列車を
撮影できる観光名所のカーブ

苦難の歴史を持つ7000系電車苦難の歴史を持つ7000系電車 Photo by S.W.

 だが、今回の目的地はココではない。大場から線路沿いを三島二日町方面に歩き、約20分のところにある先述のカーブである。ここは、富士山をバックに列車を撮影できる名所であり、今日は富士山をバックに185系を撮るためにやって来た。

 すでに撮影者が2人ほどいらしたが、マナーよく譲り合いながら185系をカメラに納めることができた。しかし、残念ながら曇っていたので、富士山をバックに撮ることは叶わなかった。

 大場に戻り、今度は三島広小路に向かう。乗車した電車は、7000系だ。この電車は自社オリジナルであり、非常にスマートな電車である。先頭車は3扉車であるが、中間車は2扉車である。この電車がデビューした時に快速列車を設定し、その際、当車の中間車を有料の座席指定車として温泉客の取り込みをもくろんだのだが、予想に反して利用率が良くなく、結果、座席指定制度を廃止したという黒歴史を持つ電車だ。

 さらに、当車の前に製造された3000系がワンハンドル車なのに対し、当車はオーソドックスなツーハンドル車である。運転操作方式としては後退したかに思えるが、実は当時東海道線への乗り入れも画策されており、運転台機器を可能な限りJR211系と共通化した結果であった。

 残念ながらこの計画も流れてしまったので、これも7000系の黒歴史となった。しかし、優等列車を目指して製造されただけあり、デザインは非常に秀逸で、大手鉄道会社で走っていてもおかしくない顔を持っている。

駿豆線開通当初のレンガで組まれたと思われる橋台駿豆線開通当初のレンガで組まれたと思われる橋台 Photo by S.W.

 列車が三島田町を出発すると、「この先、カーブが続きます。お立ちの方は、手すり・吊革におつかまりください」と案内が流れる。三島田町から三島広小路にかけては右カーブ、三島広小路から三島に向けてはS字カーブを抜ける線形だ。

 私は、三島広小路で降りた。この駅はつい最近まで、昭和30年代のままタイムスリップしていたかのような駅だ。駅名票も立て看板も、暗いお手洗いも……いい意味で昭和のままの駅だった。

 そして、改札前のタクシー乗り場は、1963(昭和38)年まで軌道線(路面電車)の停留所だった場所にある。ほぼそのままの形を保ち、タクシー乗り場とされていたのだ。ただ、残念なことに現在は取り壊され、別の建屋を建設中である。