実は戦前からあった
政界における「老害」問題

 関東大震災が起き、まだその傷跡も癒えぬ1923年12月26日、後に「議会政治の父」と呼ばれる尾崎行雄は、こんな演説をしている。

「由来老人は決断力を欠くから老人に政治を任せるのは甚だ誤つている」「自分は老人でいながら老人排斥するのは可笑しいと思はれるかも知れぬが私は老人内部の裏切り者となっても飽くまで老人に政治を委ねるべきではないこと主張したい」(読売新聞 1923年12月26日)

 その後、海軍の山本権兵衛元帥は、陸海軍で武功のあった大将や中将を終身現役として扱う慣例が時代遅れだとして、「停年制」を提案する。閉鎖的なムラ社会の中で、長く居座る政治プレーヤーが「老害化」することは、高齢化社会が到来するはるか以前から、日本の課題だったのだ。

 これは、戦後も変わらない。公職追放によって一時だけ政治家の若返りが進んだが、基本的に日本の政治は「長老支配」が延々と続いている。1980年代になると、あまりにも前近代的ということで、「70歳定年制」が唱えられたが、案の定形骸化した。70歳を超えても「余人をもって変え難い」などと言われて、次々と特例扱いで選挙の公認を与えてきたのだ。そしてズルズルと後ろ倒しされ、今では「73歳定年制」なのだが、これもグダグダになる可能性が高い。

 先月19日、自民党青年局のトップ・牧島かれん衆議院議員が、二階幹事長に「73歳定年制の厳守」を申し入れたのだが、早くも党内の70代のベテラン議員たちが二階氏にこの「廃止」を要請している。

 こういう歴史から我々が学ぶことは、権力の座についた高齢者は自分の意志でそれを手放すことはできない、という事実だ。「まだまだやり残したことがある」「高齢者の声を代弁したい」「自分はやめてもいいが、周囲から慰留された」などなど、いろいろな言い訳で「政治プレーヤー」をズルズルと続けてしまう。だからこそ、社会が高齢者の「政治免許返納」のような仕組みを考え、自主的に退けるような環境をつくることが必要なのだ。