その一例はヒヤリハット報告の機能不全である。ヒヤリハットとは仕事中に起こる「ヒヤリとした」「ハッとした」危険な出来事を指す言葉で、1件の大きな事故の裏には29件の軽微な事故があり、その裏には300件のヒヤリハットがあるとのハインリッヒの法則に基づき、事故の芽を摘むためにさまざまな業界で行われている安全推進活動だ。

 京急でもヒヤリハット報告が行われているが、本社側からは「余計な仕事を増やすな」という圧力を感じ、現場の上長からも「ヒヤリハット報告なんか出すな」と言われるため、現場には「ヒヤリハット報告は後ろめたい」という風潮が蔓延しており、事故以前から「福知山線の次に重大事故を起こすのは京急ではないか」という心配が乗務員からも語られていたという。

 A氏は事故が起きた神奈川新町第1踏切の特殊信号発光機についても「見えにくいので移設できないか」とのヒヤリハット報告が事故の1~2年前には出ていたと証言する。しかし、「本社に報告する」や「速度を落として対応する」など、根本的解決に至らない回答に終始した結果、事故の発生を防ぐことができなかった。

非常ブレーキの制動距離が
国の定める基準を超える車両も

 事故以前に当該踏切の特殊信号発光機についてヒヤリハット報告はあったのか。筆者が京急広報部に問い合わせたところ、「そのような報告については確認できなかった」とのことだったが、同じく10年以上車掌として勤務経験のあるB氏も同様のヒヤリハット報告を見たと証言している。

 A氏、B氏ともに記憶違いがあったのか、ヒヤリハット報告が本社まで届かなかったのか、広報部の調査が不十分だったのか、真相は定かではない。

 しかし、2019年11月27日に鉄道本部長名義で発行された社内文書に「現業からのヒヤリハット報告において、会社の対応が不十分なのではないかという厳しい指摘をいだだきました。私をはじめ、鉄道本部の管理部門は事故再発防止に向けて最大限努力をしておりましたが、このたびの指摘を頂き、現業の皆さまの思いに応えられていないという現実を目の当たりにし、ハッといたしました」との記述があることからも、京急自身がヒヤリハット報告の運用について課題があったと認めていることは確かなようだ。

 ヒヤリハット報告にまつわるエピソードは、これだけではない。京急現役社員のC氏によれば、京急は神奈川新町第1踏切での事故後、日中および深夜時間帯、全編成を対象に120km/hからの非常ブレーキ作動試験を実施した。ところがこの試験の中で、特殊信号発光機の設置基準の根拠の一つである120km/hからの制動距離517.5mを大幅に超える車両が存在したというのである。