軍医の回想記から明らかになった
日本人の良心をめぐるエピソード

 中でも私が注目したのは、ビルマ・ミートキーナの戦場に軍医として派遣された丸山豊(詩人でもあります)の戦争回想記『月白の道』にあった、こんな記述です。

――ビルマから雲南省へと進軍した、丸山氏の所属する部隊は「龍陵」という町に陣地を築きます。長旅で兵士たちの心は荒み、なんとかここに「性の対象」を持ち込みたいと軍幹部は考えました。

 幹部は丸山氏の同僚である中野中尉に、「新しく酒保(軍隊で酒や日用品を売る場所)を開設するので、近隣の村から手伝える女性を連れてこい」と命令します。真面目な中野中尉は、幹部の言を信じて、初々しい少女数人を連れて帰ってきました。しかし陣地に到着直後、中野中尉は真相を知り、激怒します。

 中野中尉の憤怒の声を聞いた司令部では、緊急の会議が開かれました。日本軍の尊厳と実利をめぐっての論争が続き、「卑劣なくわだてがめいめいの心の中で砕かれた」(丸山氏)のです。司令部から中野中尉に再び命令が下されました。

「酒保は開かない。中尉はあの女性たちを元の村に帰しなさい」

 中野中尉は涙を流しながら喜んで、何もしらない彼女たちを送り届けました。

 私はこの文章から「慰安婦問題はなかった」などというつもりはありません。しかし、誰もが慰安婦、特に強制した慰安婦を歓迎していたわけではなかったことは読み取れます。

 日本兵の中にも、良心を持った兵士たちがたくさんいた。それを知るだけでいいと思っています。○か×かで済むことなど、世の中にはほとんどありません。ましてや戦争です。謙虚に過去を受け止める。そして過去を見つめ、自らを省みる。日本人はそんな国民ではなかったのでしょうか。