確かに、旭化成マイクロシステムの資料によれば、延岡事業所の操業は1993年10月。今回火災が起きたルネサス那珂工場N-3棟は、もとを辿っていけば日立製作所那珂工場N-3棟で、建設に関わった鹿島建設のホームページによれば、竣工は「1997年」とある。お世辞にも「新しい」とは言い難い工場だ。

 それに加えて、現在の半導体工場が置かれた厳しい環境も、火災の要因の1つではないかという指摘もある。トランプ前大統領による、対中国制裁に端を発した世界的な半導体不足を受けて、旭化成マイクロシステムもルネサスも工場の稼働率を上げていた。要するに、「かなり無理をしていた」のである。

増産に明け暮れて
「心の余裕」がなくなるリスク

 それがうかがえるのが、火災の1カ月前に見られたルネサス那珂工場の「奮闘ぶり」だ。

 2月13日に発生した地震によって、那珂工場では半導体製造に欠かせないクリーンルームが停電、安全確認などで操業を停止した。しかし、なんとわずか2日あまりで操業再開に漕ぎ着けたのだ。危険なガスや薬剤が使われる半導体工場においては、この安全確認はかなり早い部類で、当時メディアは「東日本大震災の教訓を生かした」などと称賛した。しかし実は、じっくりと安全確認をしているほどの余裕がなかったという側面もあるのだ。

「ルネサスは、急激な半導体需要の高まりを受けて生産量を増やすため工場の稼働を高めていた」「那珂工場の操業停止は、長期化という最悪のシナリオはひとまず避けられた。もっとも、数日ながら遅延した生産分を取り戻すのには時間がかかりそうだ」(ロイター2月18日)

 皆さんも我が身に置き換えて想像をしてほしい。急激に生産量を増やしてかなりパツパツだったところに、地震によって数日、操業が停止してしまった。この遅れをどうにかして取り戻さなくてはいけないと、現場はかなり焦るはずだ。

 自動車メーカーなど、半導体を今か今かと待ちわびているお客さんも多いので、当然上からのプレッシャーも日増しに高まっていく。こうなると現場は、とにかく増産、増産、増産の毎日で、「心の余裕」がなくなってしまわないだろうか。