還暦を迎えた「東京メトロ日比谷線」、苦難と発展の歴史とは
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東京メトロ日比谷線は今年3月、1961年の開業から60年を迎えた。昨年6月には56年ぶりの新駅となる虎ノ門ヒルズ駅が開業するなど変わり続ける日比谷線の、これまでの歴史を振り返ってみたい。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

開業60周年を迎えた
東京メトロ日比谷線

 東京メトロ日比谷線は3月28日、人間でいえば「還暦」にあたる開業60周年を迎えた。日比谷線は1961年3月28日に南千住~仲御徒町間で開業すると、1964年の東京オリンピック大会までの全線開通を目指して昼夜突貫工事が進められ、1964年8月29日に北千住~中目黒間が全通した。

 日比谷線のルーツは、1925年に策定された地下鉄整備計画「東京都市計画高速度交通機関路線」の2号線にさかのぼる。当初の構想では、目黒付近から東京駅付近、浅草橋を経由して南千住に至る路線とされていたが、1946年の計画改定で祐天寺から皇居の西側を経由して北千住に至る路線に改められ、さらに1957年に現在の中目黒から日比谷、八丁堀を経由して北千住に至る路線とされた。

 日比谷線は同時期に建設された都営浅草線とともに、郊外私鉄との相互直通運転を前提として建設された第1世代の路線である。銀座線と丸ノ内線は走行用レールの脇に設置した給電用レールから電気を取り入れる第三軌条方式の採用など、郊外私鉄と異なる車両規格を採用しており、郊外私鉄との直通運転は想定していなかった。

 日比谷線も当初は銀座線と同じ規格で建設する計画で、上野で銀座線と線路を接続し、銀座線の一部車両を日比谷線の南千住車庫に収容する構想があったという。