『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、16万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、古今東西のスゴ本(すごい本)の探求をライフワークとする、カリスマ書評ブロガーのDain氏。「『独学大全』こそ、正真正銘のスゴ本である」と断言するDain氏に、本書の読みどころを聞いた。(取材・構成/谷古宇浩司、編集/藤田美菜子)
「同志」の存在を可視化してくれた
――Dainさんは『独学大全』が2020年9月発売にもかかわらず、昨年末の「この本がスゴい!2020」ベストに選んでいらっしゃいました。どのような感想を持ちましたか?
Dain『独学大全』が出て、すごい勢いで売れている状況を見ていると、「なんだ、学びたい人ってやっぱり、いっぱいいるんじゃん」と実感します。独学がブームだから売れているのではなくて、もとから学びたい、学ぶことによって自分を変えたいという思いを持った人がたくさんいる。そのたくさんの思いに『独学大全』が火をつけて、それが全国の書店で棚を独占しているというふうに可視化されたのでしょうね。
独学は孤学じゃない、と読書猿さんは書いていますが、本当にそうだと思います。自分と同じように「学びたい」と思い続けている人がこんなにたくさんいるのだということを、こうした形で確認できるようになって本当に嬉しい。それが、『独学大全』が出たことで、僕が感じた率直な感想です。
――Dainさんにとって、すごい本=「スゴ本」の基準とは何なのでしょうか?
Dain 僕がスゴ本だと考える基準は「読む前と読んだ後で、何かが変わるか否か」です。変わり具合が大きければ大きいほど、スゴ本としてのレベルが高い。
だから、読んだ後で「楽しかった。面白かった」だけでは弱いし、「ためになりました」だけでもスゴ本とはなかなか言えません。その本を読んで、「何が変わったのか」が大切なのです。たとえば、「物の見方」「考え方」「思考」……スゴ本は、人のいろいろな部分に作用しますが、とりわけ僕がすごいなと思うのは、「人の行動」を変えてしまう本です。
そういう意味で『独学大全』は極めつけのスゴ本でした。100年に一冊あるかないかというレベルですね。なんと言っても、これだけ著者が自分をさらけ出している本はなかなかありません。
「知っていること」と「やること」には雲泥の差がある
――「著者が自分をさらけ出している」というと……?『独学大全』は自伝的な内容とは対極の内容だと思いますが、Dainさんがそうおっしゃるのは、どういう理由からでしょうか?
Dain この本は「実用書」であり、「人文書」であり、そして読書猿さんの「人生の集大成」だと思うんですよ。実際に読書猿さんから聞いたんですが、裏テーマは「最速で読書猿になる」なのだそうです。
僕も人のことは言えませんが、この本に掲載されている手書きノートを見ると、お世辞にも字がうまいわけではない。でも、そんなノートをわざわざ見せて、「こうなっているんだよ」と教えてくれる。このあたりから垣間見える、読書猿さんの独学の「リアルさ」に、読者を「行動」へと向かわせる力があるのではないでしょうか。
『独学大全』の538ページに掲載されている、スピノザ『エチカ』の注釈を見ていると、鬼気迫るものを感じます。
岩波文庫の見開きページをA3用紙にコピーして、余白に注を書き込んでいるのですが、本のマージンが足りないから、わざわざこういう手法を取っているんですよね。これほどしつこく読んでもらえるなんて、スピノザも幸せものだなぁ……と思いました。
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このような精読の方法があること自体は、僕も知っていました。ですが、「知っていること」と「やること」では、月と鼈(スッポン)というか、雲泥の差がありますよね。
「それ知ってる」という人はたくさんいますが、「やってる」という人はほんのわずか。なおかつ、「続けてる」とか「最後までやった」という人には滅多にお目にかかれません。だからこそ、読書猿さんが実際に「行動」している様子にインスパイアされる人が多いのでしょう。僕自身、「少しでもやれたらいいな」という思いで、『独学大全』から、これはという技法を選んで実践を始めています。
「挫折」を乗り越えるための方法を学んだ
――例えば、どの技法を実践していますか?
Dain 例えば、160ページに紹介されている「ラーニングログ」という技法です。
これは、独学の進み具合を可視化することによって、自分がどの段階にいるかを知ると同時に、自分を励まし、叱咤するための仕組みです。学習目標を細かく書き出して、進んだ分のマス目を塗りつぶしていくのですが、それを淡々とやりつづけていますね。
これにプラスして、「コミットメントレター」(172ページ)という技法も活用しています。つまり、やるべきことを「他人にアナウンスする」ことによってモチベーションを保つ。最初は読書猿さんに向けての個人的なメッセージのつもりだったのですが、どうせなら大々的にやろうと思って、今ではTwitterで公開しています。
このように、自分の外側に仕掛けをつくることで、習慣を変えて、挫折を乗り越えることができる……これは『独学大全』から得られる大きな学びのひとつでしょう。
いわゆる三日坊主とは、3日目でやる気が萎えるということ。だとすれば、毎日毎日、三日坊主の志をリニューアルしていけば、三日坊主になる前に、変化した行動を習慣化できるんじゃないの?というのが、読書猿さんの考え方。「ラーニングログ」や「コミットメントレター」は、まさに三日坊主を外部の力で克服する方法ですよね。
「弱さを自覚した人」だけが書ける本
――どんな方におすすめしたいですか?
個人的に、『独学大全』には、挫折し続けてきた人が持つ弱さが表れていると思っています。この本には、読書猿さんが実践して上手くいった技法がたくさん紹介されていますが、背後には、その何十倍もの失敗したやり方があるはず。
読書猿さん自身がさんざん失敗してきたときの、「なんてオレは情けないんだ」「なんでこんなに誘惑に弱いんだ」「どうしてさぼっちゃうんだ」という気持ちが、この本に出てくる「無知くん」や「親父さん」などのキャラクターに反映されているのではないでしょうか。
読書猿さんは自分の弱さを自覚していて、自分を全然信用していない。だから、自分の外側に「足場」もしくは「手掛かり」を設定して、それらの助けを借りて、自分の行動を習慣的に変えていこうと考えたのだと思います。その工夫は、「意志の弱い」多くの読者にとって、福音となるでしょう。
よく、思考が変わると言動が変わり、言動が変わると行動が変わり、行動が変わると習慣が変わる……と言いますよね。さらに、習慣が変わると性格が変わり、性格が変わると運命が変わる。その意味で、『独学大全』は僕の運命を変える1冊になると思います。いえ、「なると思う」ではなくて、「なります」ですね。僕にとっては、それくらいの本なんです。
書評ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」管理人
ブログのコンセプトは「その本が面白いかどうか、読んでみないと分かりません。しかし、気になる本をぜんぶ読んでいる時間もありません。だから、(私は)私が惹きつけられる人がすすめる本を読みます」。2020年4月30日(図書館の日)に『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』(技術評論社)を上梓。