インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
(こちらは2020年10月の記事を再掲載したものです)

「自分の頭で考える」がみるみるできるようになる脳のすごい仕組み【新年度におすすめの記事】Photo: Adobe Stock

[質問]
深く多面的に物事を考えることが苦手です

 私は深く多面的に物事を考えることが苦手です。表面的にしか考えられず、長く考えることが苦痛で、すぐに答えを欲してしまいます。

 つい最近だと、車のフロントガラスの洗剤は新車から廃車するまで1度も詰め替えることはないと思っていました。そしたら友人に「1度も補充しなくて済むほどの量の洗剤、ずっと入ってるわけないでしょ! 重たすぎて走れないよ! 考えたら分かるでしょ」と言われました。

 小さな頃からずっとそうです。「ありえないでしょ?なんでそんな考えになるの?」と言われてばかりです。確かに言われてみればおかしいと分かるのに、自分であり得ないと気づくことができません。あるいは、あり得ないと思わないことすらあります。一つ一つ検証して、理論を積み重ねていくことが苦痛です。直感でしか答えを出せません。

 どうしたら、ちゃんと考えられるようになりますか? あり得ない答えに自分で気づくことができますか? このままでは、自分の頭で考えられずに、代わりに人に考えてもらってばかり、答えを与えてもらってばかりの人生になってしまう気がします…

[読書猿の解答]

深く多面的に物事を考えないのは、人間の仕様です

 安心してください。深く多面的に物事を考えることが苦手なのはあなただけではありません。そもそも私達の日常生活は、あまりものを考える必要がないようにできているからです。

 ざっくりいうと、脳には、あまりリソースを消費せずしかも素早く結論を出す「速いシステム」と、リソースを大量に消費するし結論をだすのに時間がかかる「遅いシステム」があります。

直感で結論を出しているときは「速いシステム」が、じっくり考えて結論を出すときは「遅いシステム」が働いていると思ってください。

 さて、脳は節約好きでして、リソースの消費が少ない「速いシステム」で間に合う場合は、わざわざ「遅いシステム」を使いません。そして慣れた行動や判断でできている日常生活のほとんどは「速いシステム」だけで間に合います。

 言い換えれば、ヒトは毎日の殆どの時間を、あまり考えずに送っているわけです。

 では「遅いシステム」が使われるのはどういう場合でしょうか。それは「速いシステム」では間に合わない場合です。具体的には「速いシステム」がもたもたといつまでも結論を出せないような場合には、脳の流暢性をモニターしている部分がこれを察知して、「遅いシステム」に切り替えます。

 あなたが「深く多面的に物事を考える」ことが苦手なのはその経験が少ないから、そうした経験が少ないのは、日常生活のほとんどでじっくり考えることがなくても(例えば周りに代わりに考えて突っ込んでくれる人がいたりして)用が済んでいるからです。

「どうしたら、ちゃんと考えられるようになりますか?」という質問への答えも、ほとんど同じです。「速いシステム」では間に合わない場面を繰り返し体験すること、「遅いシステム」に切り替わっても、時間をかけて自分で結論を出すことから逃げないことです。

「脳を騙す勉強法」をやめてみる

 本当を言うと、学問は(そして本当なら学校で学ぶことは)、我々の直感に逆らうような課題から出来ており、「速いシステム」では間に合わない経験となるはずのもの、「遅いシステム」を必要とし、また鍛えることができるものです。

 ですが、世の中に流通する多くの勉強法は、脳を騙して生物的に重要な情報であると誤認させ「速いシステム」を調教することに傾いています(テストという限られた時間では「速いシステム」を駆使しないと間に合わないと、このことを正当化しています)。

 おかげで慣れた問題を反射的に解答できるようになっても、「遅いシステム」を作動させる機会、鍛える機会を失い続けることになります。

 言い直せば、Bookishで面倒くさい(そして古びて見える)学問のやり方は、日常生活では中々経験できない、「遅いシステム」を使い倒す機会となります。