丁稚奉公から番頭へ、そして独立
川崎で自転車部品販売を営む“やり手店主”

有限会社コーエイ商会代表の近藤義治さん。自転車の修理のとき、汗が出ると鉢巻きを巻く

「あのねぇ……うちのような卸売の商売を始める人は、今の時代はほとんどいないよ。辞める人はたくさんいるけど……。卸売は薄利だからね。厳しいご時世だから、店の経営を続けることは難しいよ」

 川崎市高津区にある、有限会社コーエイ商会代表の近藤義治さん(65)は、店の奥の3畳ぐらいの小さな事務所でタバコを吸いながら話す。

 自転車やリヤカーなどの部品をメーカーから買い、自転車販売店などに売る卸売りをするのが本業だが、その傍ら、自転車やリヤカーなどの修理もする。

 近藤さんによると、リヤカーは1970年頃から軽4輪などに取って代わられ、個人商店が扱う販売数や額は年を追うごとに減っているという。

 コーエイ商会では、1台10万円前後のリヤカーの注文を受けてメーカーに依頼する。発送は、メーカーからの直送となる。販売手数料として、コーエイ商会に入るお金は約2~3万円。

 昨年3月の大震災発生直後は、被災地の宮城県や岩手県、全国の防災関連の団体などから注文がいくつかあったが、ピークだった1960年代の売上にはほど遠いようだ。

 自転車部品の卸売も、個人で経営する自転車店が減り、かつてのように依頼が頻繁にあるわけではない。この業界の卸売店は、構造的に売上のシュリンクが避けられない。

 近藤さんは、終戦直後に長野県飯田市に生まれた。18歳で上京し、紙の問屋で働いていた。しばらくすると、姉の主人(義理の兄)が川崎市で自転車やリヤカーなどを扱う問屋を始めた。それを機に紙の問屋を退職し、兄を支える番頭として働く。