若い世代を中心に働き方やキャリアに対する価値観が多様化している昨今、リーダーがパワーを駆使するトップダウン型ではなく、民主的なコミュニケーションを重視するフラット型の組織を目指す企業が増えている。
いまわたしたちが生きているのは、変化が激しく未来の展望を描きづらい「VUCA」の時代。だからこそ、多様な意見をオープンに取り込むことで意思決定の質を高めなければ、不確実な状況に対して臨機応変に対応できなくなってしまう。
しかし、どのような組織であっても、重大な意思決定を下す際には「決断する」というマネジメントの力が必要不可欠なことに変わりはない。
そこで、リーダーによるパワーの使い方を考えるカギになるのが、世界中のビジネスパーソンが強い関心を寄せているEI〈Emotional Intelligence〉(エモーショナル・インテリジェンス/感情的知性)だ。
今回は、パワーを正しく使うためのスキルが満載の、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズ『リーダーの持つ力』の、独立研究者の山口周氏が著した日本版オリジナル解説「パワーの過去・現在・未来」から抜粋し、3回に分けて紹介する。(構成/根本隼)
いま「パワーの弱体化」が進んでいる
この本をいま手に取っている人のほとんどは、今日の社会においてパワーが弱体化していることを感じていると思います。19世紀の先進国のほとんどが依拠していた世襲に基づく君主制はほぼ絶滅し、また20世紀半ばまでは存在したヒトラー、ムッソリーニ、スターリンといった全体主義の独裁者も今日の世界ではマイノリティになっています。
我が国、日本に目を転じれば、かつて権力を恣にした江戸時代の封建領主システムはすでに過去のものとなり、明治から昭和前半まで大きな影響力を持っていた華族制度や財閥システムも解体され、一部の人だけが享受できた政治や教育に参加する権利は今日、広く国民に開かれています。
CEOの在任期間は短くなり、チェスのグランドマスターの数は13倍以上に
世界銀行理事も務めた著述家のモイセス・ナイムは、彼の著書『権力の終焉』(原題はThe End of Power)において、世界中のあらゆる場所で「パワーの弱体化」が進んでいることを、豊富な例証を引いて明らかにしました。
ここ30年のあいだに米国企業のCEOの平均在任期間は10年から6年に短縮し、トップ交代が相対的にすくない日本企業でも強制的な辞任の数は同期間に4倍に増加、小規模軍事力が大規模軍事力に勝利する割合は12%から56%に急増し、チェスのグランドマスターは88人から1200人以上にまで増加しています。
弱体化しているのは、「伝統」と「権限」に基づくパワー
ここまで読まれた読者にはすでにお気づきだと思いますが、このような「パワーの弱体化」は、先程のヴェーバーによる「パワーの3分類」のうち、特に「伝統」(歴史)と「権限」に基づくパワーの2つにおいて発生していることがわかります。
多くの国で封建制度から民主主義への転換が進み、「家柄」や「家系」よりも本人の能力や人格が重んじられるようになった結果、「歴史」に基づくパワーは弱体化し、また社会の流動性が全般に高まった結果、極端な権力の傾斜を許容するようなルール体系を持った組織からは人が逃げるようになったことで「権限に基づくパワー」も弱体化しています。このように考えてみると、「歴史」に基づくパワーと「権限に基づくパワー」の2つが弱体化しているのは、不可逆な歴史の必然と感じられます。
パワーの弱体化には功罪両面ある
世間全般の風潮からして、パワーの弱体化という変化は一般に好ましいものだと考えられていますが、この問題はそう簡単ではありません。パワーの弱体化は私たちに功罪相半ばする影響を与えることになると思います。
まず「功」の面について考えると、すぐに2つの点に思い至ります。1点目は、傍若無人な振る舞いをして他人を傷つけるような権力者が生まれにくくなるということです。それをまざまざと感じさせてくれたのが、性的な被害を受けたにもかかわらず、権力者による仕返しが怖くて仕方なく泣き寝入りしていた女性たちによる「私も被害を受けた」という全世界的な告発運動、いわゆる「Me Tooムーブメント」でした。