若い世代を中心に働き方やキャリアに対する価値観が多様化している昨今、リーダーがパワーを駆使するトップダウン型ではなく、民主的なコミュニケーションを重視するフラット型の組織を目指す企業が増えている。
いまわたしたちが生きているのは、変化が激しく未来の展望を描きづらい「VUCA」の時代。だからこそ、多様な意見をオープンに取り込むことで意思決定の質を高めなければ、不確実な状況に対して臨機応変に対応できなくなってしまう。
しかし、どのような組織であっても、重大な意思決定を下す際には「決断する」というマネジメントの力が必要不可欠なことに変わりはない。
そこで、リーダーによるパワーの使い方を考えるカギになるのが、世界中のビジネスパーソンが強い関心を寄せているEI〈Emotional Intelligence〉(エモーショナル・インテリジェンス/感情的知性)だ。
今回は、パワーを正しく使うためのスキルが満載の、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズ『リーダーの持つ力』の、独立研究者の山口周氏が著した日本版オリジナル解説「パワーの過去・現在・未来」から抜粋し、3回に分けて紹介する。(構成/根本隼)

「自分には権限がないから」という理由で行動しない人が根本的に間違っているワケPhoto:Adobe Stock

パワーが弱まると大きな物事を成し遂げる力が失われる

 ここまで「パワーの弱体化」がもたらす「功罪」のうち、「功」について述べてきましたが、では「罪」についてはどうでしょうか?パワーが弱体化することの「罪」を一言で表現すれば、それは「大きなことを成し遂げる力が組織や社会から失われる」ということに尽きます。

 社会や組織をまとめて何事かを成し遂げるためには必ずパワーが必要になります。今日の社会には全世界が足並みを揃えて解決に当たらなければならない非常に大きな問題が山積していますが、パワーが弱体化すれば、大きな組織や集団をまとめ、何かを成し遂げることは難しくなるでしょう。

 パワーの弱体化は一般にポジティブな文脈で語られることが多いですが、私たちの社会が向き合っている大きな課題の解決が一向に進んでいかないのは、パワーの弱体化がもたらす弊害と考えることもできるのです。

パワーの源泉は「共感」に求めるしかない

 ここに私たちが向き合っている大きなジレンマがあります。パワーがもたらす功罪のうち「功」を最大限に引き出しながら「罪」を抑え込むためにはどうすればいいのでしょうか?

 答えは1つしかありません。「伝統」と「権限」に根差すパワーが弱体化していくのが歴史の必然なのだとすれば、私たちは、何か大きな成果を成し遂げるためのパワーの源を「共感」に求めるしかないのです。

 自分のビジョンを語り、それに共感する人々が出てくることでそこにリーダーシップとフォロワーシップが民主的に生み出される。その関係性が生み出すパワーが、これからの世界を変えていくための大きな原動力になっていくでしょう。

「リーダーシップを発揮できない人」が陥りがちな誤った考え方とは?

 では、どのようにして、私たちはそのようなパワーを発現させることができるのでしょうか?

 私たちはよく「パワーがリーダーシップを生み出す」と考えてしまいがちです。企業の組織開発・人材育成のお手伝いをしていると、よく「自分には権限がないので……」という理由で思っていることを言おうとしない、やろうとしない人に出会います。では、その人は権限を手に入れたら何かを始めるのでしょうか?

 いいえ、筆者はそう思いません。今日、自分の判断で動き出さない人は、明日、パワーを手に入れたとしてもやはり動き出さないでしょう。考え方が全く逆なのです。「パワーがないからリーダーシップを発揮できない」のではなく「リーダーシップを発揮しないからパワーという現象が発現しない」のです。

リーダーシップは「他者の共感」から生まれる

 リーダーシップは本来、パワーによって生まれるものではありません。それは問題意識とビジョンを打ち出すことで喚起される「他者の共感」によって生まれるものです。過去の歴史において偉大なリーダーシップを発揮した人々、たとえばソクラテス、イエス・キリスト、キング牧師、マハトマ・ガンジー、吉田松陰、坂本龍馬などを見ればよくわかります。

 彼らは社会や組織の中で合法的に、あるいは世襲的にパワーを与えられた人々ではありません。ただ、自らの問題意識に基づいて世界に向けて耳を澄まし、目をこらし、行動しただけです。その行為にインスピレーションを受けた多くの人々が、これらの「唯の人」を歴史上稀に見るリーダーにトランスフォームしたのです。

「パワーの過去・現在・未来」という本稿の主題についてまとめれば、ヴェーバーの指摘したパワーのうち「伝統」および「権限」に基づくパワーは今後、弱体化の流れを辿ることになるでしょう。これからの社会において、このようなパワーのあり方に依拠することは非効率であるばかりか、危険ですらあると言えます。

 一方で「共感」に基づくパワーは、社会に残存する大きな問題を解決する際に求められるパワーを生み出すうえで、唯一の源になっていくと思われます。

(本稿は、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズ『リーダーの持つ力』の日本版オリジナル解説からの抜粋です)