「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」。企業であれ、スポーツチームであれ、リーダーであればドロドロした人間関係を避けては通れない。組織を支配するこれらの要素に着目し、心理学から脳科学、集団力学まで、世界最先端の研究を基に「リーダーシップと職場の人間関係」を科学的な視点でひもといた画期的な1冊が『武器としての組織心理学』だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

妬みの2面性

 実は、妬みには2種類あることがわかっています。

「悪性の妬み(malicious envy)」と「良性の妬み(benign envy)」です。

 悪性の妬みは、敵意や憤怒を中心にしてつくられている不快な感情です。

 一方、良性の妬みは、“羨望、羨む”というあこがれの感情です。

 どちらも上方比較であるという点においては同じです。

 自分より優れている相手を見て、「どうしてあの人だけ恵まれているんだ! あの人さえいなければいいのに……」と思うのは悪性の妬みです。

 自分より優れている相手に対してであることは同じでも、「自分もあの人みたいになりたい!」と思うこともあります。これが、良性の妬みです。

妬みの2面性

妬みの力でパフォーマンスが向上する

 ドイツの心理学研究者たちが、マラソン大会の2日前に出場者から研究参加者を募って、妬みの特性を計測するアンケートを実施し、目標タイムを答えてもらいました。[1]

 その結果、良性の妬み傾向がある人ほど、目標タイムを高く設定し、実際にゴールしたタイムも良かったのです。

 日本の心理学研究者もまた、大学生を対象に「妬みやすい人のパフォーマンス」を調査しました。[2]

 この実験は、大学の講義時間の一部を使って行われました。

 まず実験参加者たちは、自分の妬みの測定項目を含むアンケートに答えました。

 さらに、1週間後の試験で何点を目標にするか、その得点を記入するように言われました。

 1週間後、予告のあった試験が実施されました。

「この試験の点数は成績に反映される」と伝えられたので、実験参加者たちは真剣に問題を解いたはずです。

 その結果、ドイツの心理学研究者たちと同様に[良性の妬みが、高い目標得点とそれに伴った良好な成績につながった]という結果が得られました。

 これらの調査はいずれも、妬みを感じることによって自分自身を研鑽することができる可能性を示しています。

妬んでいる相手から、アドバイスをもらう

 韓国の経営学者リーたちは、妬む人が取る行動には大きく3種類があると言います。[3]

 1つ目は、「妬みのターゲットXさんを引きずり下ろすこと」。

 例えば、Xさんが仕事で失敗するように邪魔をする、Xさんの貢献度を差し引いて上司に報告する、社内にゴシップを流すなどです。

 妬んだ人は特段努力をすることなく、自分より秀でているXさんに追い付くことができますが、Xさんとの信頼関係はその後崩壊し、それによって職場では仕事がやりにくくなる、周囲も腫れ物に触るような余計な気遣いが必要になるなど、大小さまざまな損失が生じそうです。

 これらの妬みの悪影響は、不用意に競争的な環境や機会を作り出すと観察されやすくなります。

 管理職者や企画担当者が、社内の活性化を意図してコンペティションを行うことは常套手段ですが、意図しない副作用の方が大きくならないように見通しておくべきでしょう。

 2つ目の行動は、相手を避けるというものです。

 しかし、この行動もまた、職場やチームでの協力関係を築き、共通の目標を達成するという目的には適いそうにありません。

 3つ目が「Xさんにアドバイスをもらって積極的に学ぶ」という行動です。

 この行動であれば、妬む人のパフォーマンスは改善されます。

 しかもXさんは、「(実際には妬まれている相手から)尊敬されている」と認知できるのでお互いの関係性は維持され、もしかするとそれまでよりも良好な人間関係を築けるかもしれません。

 この研究は、お互いが友だち(仕事以外でも会う人)であると認め合った間柄のときに、アドバイスを求める傾向が強いことを明らかにしています。

 まさに「良きライバル」と呼べる関係性を築き、その中でお互いの強みや情報を交換し合えば、妬みも強力な資本になり得るというわけです。

一人一人に異なる役割を与える

 近年のように職場のダイバシティーが進んできたときに、リーダーに求められる力は、多様な価値観ゆえに生まれる軋轢の処理・対応力です。

 メンバーの視点に立てば、さまざまな能力の人たちがいるからこそ他人と比べられるところが増える。結果、妬みが生じやすくなるという危険性をはらんでいます。

 ネガティブな感情が喚起された人は、ポジティブな感情が喚起されたときに比べて、細かく局所的な部分で情報を処理し、記憶する傾向にあります。

 組織には多種多様な人々がいて、それぞれ長所と短所を持ち合わせているのに、妬みというネガティブな感情が、人の視野を狭め、特定の人物や他人の些細な一面をひどく気にさせてしまうのかもしれません。

 こうして妬みを抱いた人は、「自分の方が同僚よりも価値があることを確認したい」「少しでも優れている自分を維持したい」という欲求を高めることでしょう。

 ただしそのような人であっても、認められる領域を持っていたり、ある領域の責任者になっていたりすれば、たとえ他の領域で同僚に劣等感を抱いたとしても、その劣等感を緩和できる可能性があります。

 2021年7月現在、私が所属する研究室では、妬みの緩和条件について検討を重ねています。

 その中で例えば、役割があるときには、役割がないときよりも妬みが低減し、チーム内での前向きな行動傾向を高めることが明らかになりつつあります。

 1人1役割─10人いたら10の役割を与える。自分たちで役割を作り出してみるという作業は、各人が仕事に責任感を持つためにも、職場内の対人関係を維持するためにも重要です。妬む相手ではなく、自分の役割に目を向けさせるのです。

 多様な人が集まる職場だからこそ、役割という名の自分の居場所・存在価値が見出せる環境づくりは、妬む人のネガティブな感情を低減させて、チームにとってプラスの行動変容を導ける可能性があるのです。

脚注 [1]Lange, J., & Crusius, J. (2015). Dispositional envy revisited: Unraveling the motivational dynamics of benign and malicious envy. Personality and Social Psychology Bulletin, 41(2), 284-294.
[2] 澤田匡人, & 藤井勉. (2016). 妬みやすい人はパフォーマンスが高いのか?―良性妬みに着目して― 心理学研究, 87(2), 198-204.
[3]Lee, K., & Duffy, M. K. (2019). A functional model of workplace envy and job performance: When do employees capitalize on envy by learning from envied targets? Academy of Management Journal, 62 (4), 1085-1110.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)