「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」。企業であれ、スポーツチームであれ、リーダーであればドロドロした人間関係を避けては通れない。組織を支配するこれらの要素に着目し、心理学から脳科学、集団力学まで、世界最先端の研究を基に「リーダーシップと職場の人間関係」を科学的な視点でひもといた画期的な1冊が『武器としての組織心理学』だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。
ほめるべきか、叱るべきか
ほめると叱る――これら2つの対応は、家庭や学校現場、そして職場での対応について考えるとき、古くから扱われてきました。
また、「ほめられて伸びるタイプです」と言う若者もすっかり市民権を得て、世の中でもすっかり、「ほめて育てるのが良い」という風潮になったように思います。
組織心理学の研究でも非常に多くの知見が蓄積されてきたテーマの一つです。
それらの研究を集めてメタ分析した結果によると、ネガティブなフィードバック(叱るなど)よりもポジティブなフィードバック(ほめるなど)の方が、モチベーションなど各種のポジティブな心理的・行動的な反応をもたらすと報告されています。[1]
例えば、ポジティブなフィードバックを受けた人は、フィードバックの内容を「的確である」あるいは「役に立つ」と評価し、それを受け入れ、肯定的な自己イメージや自己効力感を高めます。
また、組織に対する愛着を持ち、役割外の仕事や創造的な活動に積極的に取り組んで、会社を辞めようという気持ちは低いことなどが報告されています。
ほめは金銭報酬に匹敵する
人がほめられたとき、脳の中で何が起きているのかについて、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、脳科学の分野からアプローチしている研究があります。[2]
この実験に、19人の男女が参加しました。
検討の対象となる条件は、大きく2種類です。
一つは、報酬としてお金がもらえる状況下におかれた場合(金銭報酬条件)、もう一つは、他者からほめられる状況下におかれた場合(社会的報酬条件)です。
金銭報酬条件では、実験参加者に3枚のカードが配られ、そのうちの1枚を選びます。
選んだカードに応じて、報酬が変わるという簡単なギャンブル課題を行いました。
実は、獲得できる金額はあらかじめ決められていて、[金銭報酬が多い群][金銭報酬が少ない群][金銭報酬なしの群]の3種類が用意されていました。
他方、社会的報酬条件では、実験参加者は、いくつかの性格に関する質問に回答し、ビデオカメラの前で自己紹介をしました。
その後、これらの情報をもとに、他者が実験参加者に抱いた印象をコメントしました。この条件にも、3つの群が設定されました。
ポジティブなコメントを受け取った[社会的報酬高群]、ネガティブなコメントも含まれていた[社会的報酬低群]、コメントが提示されない[社会的報酬なし群]です。
その結果、金銭報酬がもらえるときに賦活する脳の部位である「線条体」が、社会的報酬を与えられたときにも反応していることが明らかになりました。
つまり、他者からほめられることは、お金をもらったときと同じく、喜びをもたらしていたということです。
能力をほめるか、努力をほめるか
また、別の研究によれば、ほめ方によって、効果が異なると言います。[3]
この研究の対象者は、10歳前後の子どもたちです。
子どもたちは、幾何学図形を使った知能検査に取り組みました。
まず最初に、中程度の難しさの問題セットが与えられました。
そして、子どもたち全員に、実際のスコアに関係なく「8割程度は解けていた」と伝えられました。
その際、ほめ方の異なる3つの条件が設定されました。
1つ目の条件の子どもたちには「こんなに問題が解けたなんて、賢いわね」とほめました([能力のほめ条件])。
2つ目の条件の子どもたちには「こんなに問題が解けたなんて、一生懸命にがんばったのね」とほめました([努力のほめ条件])。
3つ目の条件の子どもたちには、何もほめませんでした([統制条件])。
その後、再び、すべての子どもたちに、最初よりも難しい問題に取り組んでもらいました。
その結果、半分も解けていなかったと、ネガティブな結果が子どもたちに伝えられました。
さて、このような経験をした子どもたちは、その後、どのような反応を示したのでしょうか。
1回目のテストで「賢い、頭がいいわね」と能力をほめられた子どもたちと、「がんばったわね」と努力をほめられた子どもたちとでは、何か違いが見られたのでしょうか。
一連の研究を通じて明らかになった主要な点を挙げてみます。
(1)追求する目標が異なる
ほめ方の違いによって、子どもたちが追求したいと思う目標の種類が異なりました。
研究のデータによれば、成績目標を選んだ子どもは、[能力のほめ条件]で67%、[努力のほめ条件]で8%でした。
[努力のほめ条件]のほとんどの子どもたちは、学習目標を選んでいました。
能力をほめられた子どもたちは、頭の良さを維持したいと思うようになったのに対して(成績目標が意識化された)、努力をほめられた子どもたちは、新しいことを学びたいと思うようになりました(学習目標が意識化された)。
(2)取り組みの姿勢が異なる
ネガティブな結果を受けた後、子どもたちの取り組みの姿勢や成績が異なりました。
[努力のほめ条件]の子どもたちは、[能力のほめ条件]の子どもたちに比べて問題を解くことを楽しめており、「この後も問題を解き続けたい」と思っていました。
そして、最初の問題よりも後の問題で成績を向上させました。
(3)報告の仕方が異なる
自分の成績の報告内容が異なっていました。
子どもたちは、悪い成績だと告げられた後、別の地域に住む子どもたちにこの問題について説明をしてほしい、そして、内緒で自分のスコアも教えるようにと伝えられました。
その様子を観察すると、[能力のほめ条件]の子どもたちのうち3分の1以上は、自分の得点をごまかしたのです。
それに対して、[努力のほめ条件]や[統制条件]の子どもたちのうち、自分の得点をごまかしたのは、それぞれ13%、14%に留まりました。
人は自分の努力を認めてもらって育つ――人が喜びや前向きな心持ちを高め、行動を促し、成長の資源や機会を掴んでいくのでしょう。
脚注[1]Fong, C. J., Patall, E. A., Vasquez, A. C., & Stautberg, S.(2019). A metaanalysis of negative feedback on intrinsic motivation. Educational Psychology Review, 31, 121-162
[2]Izuma, K., Saito, D. N., & Sadato, N.(2004). Processing of social and monetary rewards in the human striatum. Neuron, 58(2), 284-294.
[3]Mueller, C. M., & Dweck, C. S.(1998). Praise for intelligence can undermine children’s motivation and performance. Journal of Personality and Social Psychology, 75, 33-52.
(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)