「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」。企業であれ、スポーツチームであれ、リーダーであればドロドロした人間関係を避けては通れない。組織を支配するこれらの要素に着目し、心理学から脳科学、集団力学まで、世界最先端の研究を基に「リーダーシップと職場の人間関係」を科学的な視点でひもといた画期的な1冊が『武器としての組織心理学』だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。
職場の2人に1人は、不満を抱えている
上司と部下の関係について組織調査をしていると、不満を抱える部下からはこんな声が聞こえてきます。
「上司は、結果や形式、締め切りばかりを気にして、容赦なくプレッシャーをかけてくる。丸投げしている感じしかしないのだけど……」
「上司の指示どおりに進めていたはずなのに、数日後にはまったく違うことを指示してきて、わけがわからない。いったい、どうすればいいのか……」
「残業をしないように仕事を早くこなすと、余力があると思われて仕事が次々と振られる。これって、どうなんだろう……」
一方の上司にも言い分があります。
「現場を信頼して任せてはいるが、報・連・相がまったくないなんて。社会人として、これは基本中の基本だろう……」
「気づけば、勝手な判断で仕事を進めている。関係者や顧客に迷惑がかかってしまうじゃないか……」
「すぐに手を抜こうとする。能力があると見込んで仕事を頼んでいるというのに……」
まさに、会社は不満の宝庫です。
不満のほとんどは、自分が抱いていた期待と現実のズレによって生じます。
会社の理念や方針に対する自分の認識と実際のズレ、上司あるいは部下の仕事の進め方や生じた問題に対する意見や解決法のズレ、労働時間(残業)に対する認識や評価のズレなどです。
これらはいずれも、仕事上のストレスの原因になります。
厚生労働省の労働者健康状況調査によれば、いつの時代も働く人の半数以上が強い不安や悩みを抱えてストレスがあると答えています。
その割合は、1987年が55.0%、1992年が57.3%、2017年が58.3%です。
もしあなたが組織のリーダーであり、「メンバーは、職場に満足して楽しく働いている」と思っているのであれば、それは楽観的すぎるかもしれません。
あなたの職場も例外でなければ、「2人に1人」は不満を抱えているのです。
ネガティブな情報ほど報告されない
上司に不満を抱える部下は、上司の指示に対してどう反応しているのでしょうか。
日本で600人を超える看護師を対象にした調査[1]によれば、6割を超える人たちが、上司に不満を感じていても
「我慢する」「仲間と愚痴を言う」
などをすることで、自分自身の負の感情を隠蔽していました。
一方で調査対象の2割程度は、「納得いくように話し合う」「相談をする」と回答し、その他の人たちは、「自分の意見を押し通して主張する」、もしくは「無視をする」という強硬手段をとると答えました。
海外でも同様に、部下が我慢して、上司に対してモノを言わない傾向が報告されています。
アメリカの心理学者のローゼンとテッサーは、部下が上司にネガティブな情報を伝えない現象を「MUM効果」と名づけました。[2]
MUMとは、口をつぐむという意味です。
「顧客からクレームがあったが、大したことではないだろう」と、都合の悪い情報を上司に報告せずに、そもそもなかったことにしてしまうことも往々にしてあります。
人間、見たいものしか見えませんし、思い込んでいる事柄と異なる情報は理屈をつけて軽視してしまうという特徴を持っています。
そして何よりも、ネガティブな情報を伝えるのには勇気というコストがかかります。
もしものことを考えて正直に懸念を伝えても、そんなことを考えているのかと上司に思われて、自分にマイナスの評価が下されかねません。
このような人間心理のせいで、ネガティブな話は、上司には伝達されにくくなりがちなのです。
上司にはエラーを指摘できない
日本の社会心理学の研究グループは、“白い巨塔”を彷彿させるようなデータを示してくれています。これは、医療ミスが取り沙汰されるようになった2003年に報告された研究論文です。[3]
病院で働く看護師を対象とした調査です。
ある日、Aさんが投薬量を間違えている場面に遭遇しました。
このとき、あなたはAさんにその間違いを指摘しますか。選択肢は3つです。
・「ためらいなく指摘する」
・「ためらいがあるが直接指摘する」
・「直接指摘しない」
指摘する対象Aさんは、看護師(看護主任、先輩、同期、後輩)、薬剤師、研修医、そして医師です。
この調査の結果、異なる職種(医師、看護師、薬剤師)間で、エラーの指摘を躊躇する傾向が浮き彫りにされました。
とくに、看護師が医師に対して指摘するときの抵抗感は、他の職種に対して指摘するときよりも強く、職種に伴う地位格差を反映していることがわかります。
また、同職種で見ると、後輩よりも同僚、同僚よりも先輩に指摘するときに抵抗を感じやすいという結果でした。
病院に限らず、このような地位格差はどこにでも存在していますし、その格差への対応の仕方は、経験的にもとてもよく理解できることです。
組織内の階層や役割が、コミュニケーションの障壁を生みます。
「耳障りな情報」や「自分の評価や感情が含まれた不満」は、ただでさえ伝え方やそのタイミングが難しいものです。
自分の今後の人事考課や上司の心証を考えると、伝え方が難しい案件が現場にはいくつも存在します。
「報・連・相」と簡単に言うものの、「言うは易く行うは難し」というのが現実なのです。
脚注[1]山浦一保・黒川正流・関 文恭 (2000b). 看護婦の不満対処方略、勤続年数および不調のリーダーシップとの関係. 九州大学医療技術短期大学部紀要, 27, 69-76. 以下も参照。山浦一保 (2012). 第5章 リーダーシップの特性とリーダーシップの発揮の仕方. 岡本一成 (監修). 藤田主一(編集).『ゼロから学ぶ経営心理学』pp. 56-71.
[2]Rosen, S., & Tesser, A.(1970). On reluctance to communicate undesirable information: The MUM effect. Sociometry, 253-263.
[3]大坪庸介・島田康弘・森永今日子・三沢 良(2003). 医療機関における地位格差とコミュニケーションの問題-質問紙調査による検討-. 実験社会心理学研究, 43(1), 85-91.
(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)