「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」。企業であれ、スポーツチームであれ、リーダーであればドロドロした人間関係を避けては通れない。組織を支配するこれらの要素に着目し、心理学から脳科学、集団力学まで、世界最先端の研究を基に「リーダーシップと職場の人間関係」を科学的な視点でひもといた画期的な1冊が『武器としての組織心理学』だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

上司と部下の関係は、出会ったときに決まる

 組織心理学の世界では、上司と部下の関係を「資源の交換」という視点から、ひもといています。

 ここで言う「資源」とは、物質的な資源と、心理・社会的な資源をともに含みます。

 上司から部下に与えられる資源には、例えば、昇進・昇給や情報、あるいはプロジェクトや教育プログラムへの参加チャンス、信頼などがあります。

 逆に、部下から上司に提供される資源もあります。

 例えば、成果や営業成績、仕事に費やす時間のほか、労力、やる気、尊敬の念や好意などがそれです。

 上司と部下は、出会った瞬間から資源の交換を始め、関係性(資源交換にもとづく関係性)は比較的早いうちに形成され、その後安定し維持されていくと言われています。

 このことを実証した3つの興味深い心理学の研究を紹介しましょう。

【調査1】部下にとっての「10分間の雑談」

 私が所属していた研究チームで行った実験です。[1]

 職場をシミュレーションして、初対面の上司と部下とで仕事をしてもらいます。

 上司役(社会人のサクラ)は部下の監督・指導をします。

 部下役の学生たちは、「目の前にいる初対面の上司とこれから一緒に仕事をすることになる」と事前の説明を受けます。

 学生たちは2つのグループに分けられ、作業前にそれぞれ異なる条件を与えられました。

 一つの条件では、上司と部下はときどき言葉を交わします。その内容は、「最近、寒いね」「調子はどう?」などのいたって普通の日常会話です。

 もう一つの条件では、上司は忙しそうにパソコンに向かっており、仮に部下から話しかけられたとしてもそっけない返答しかしません。

 その後、部下役の学生たちに、上司に対する関係構築の程度(例えば、「仕事をするのに良い関係がつくられていると思うか」「仕事を一緒に楽しくやっていけそうか」、「気が合いそうか」)を測定する質問項目に回答してもらいました。

 その結果、日常会話をした上司の方が、そっけない上司に比べて、統計的に見ても有意に高く評価されました。

 さらに驚くべきことは、この上司に対する評価の差を生むまでの時間は、たったの10分間だったということです(この実験には続きがあるのですが、それは第3章で再び話題にしたいと思います)。

【調査2】上司にとっての「新入社員の第一印象」

 上司と部下の関係構築に関する初期の研究で、経営学者ライデンたちのグループは、企業で働く人たちにアンケート調査を行いました。[2]

 この調査では、上司が新入社員に対して期待し、好意を抱き、自分と類似点があると認識すると、2週間後により良い関係性に発展することが明らかになりました。

 【調査1】と同じように、上司にとっても、部下の最初の印象が、その後の関係に大きな影響を与えるという結論が出たのです。

【調査3】出会って間もなく、その後の関係性が決まる

 さらに、大学生を対象にした実験的な調査では、関係性が時間経過とともに発展していく様子が興味深く捉えられています。[3]

 この実験では、1チームあたり学部学生5人前後で構成されています。

 大学院生たちが各チームのリーダーとなり、学部学生のメンバーそれぞれに評価をフィードバックするという役割を担います。

 取り組んだ課題は、分散動的意思決定と呼ばれる、チームで取り組むコンピューターシミュレーションです。刻々と変化する局面の中で、規制地域を守るために協働するという課題です。

 その結果、出会って間もなく、リーダーと各メンバーの間には、それぞれ固有の関係性が形成されていくこと、それは8週間が経過するまでの間にほぼ安定し、リーダーもメンバーも類似の認識・評価になったことが報告されました。

 3つの実験のいずれの結果を見ても、関係性の形成にかかる時間は、勤続(予定)年数や同じ上司との共働年数からすれば、非常に短い時間だと言えます。

 だからこそ、このあっという間に過ぎてしまう出会いの段階での、職場づくりと関係づくりのための初期投資が重要になるのです。

将来の負担を減らすために、人間関係を構築する

 先の大学生たちへの調査の結果にある通り、上司と部下は出会ってすぐに資源交換を始め(もしかすると、その他の見えない情報もどこかで感じとりながら)、職場には多様な関係性の質ができ上がっていきます。

 つまり、この資源が一人として同じではないので、10人いれば10通りの影響のカタチがあり、100人いれば100通りの関係性が存在することになります。

 このカタチをつくっていくプロセスも、一定の時期になると安定します。

 大半は、「あの上司、この部下のことはおおよそ知っている」という、能力や人柄に関する情報に基づいた関係性で落ち着きます。

 ときには、自分の分身であるかのように熟知して、共感し、情緒的に結びつく関係性も少数でありながら形成されます。

 この形成に手間がかかったとしても、こういった関係性が一定レベルで形成されたならば、相手の行動や考えていることの予測が立ちやすくなります。

 つまりその予測が立てられるようになるまでの初期投資をしておけば、その後は、より少ない負担で適切に対応することが可能になります。

内集団と外集団が生まれてしまう

 ただし注意しなければいけないのは、こうして形成された人間関係の質のグラデーションが、一つの職場を分断し、私たち一人ひとりの仕事人生を決めるものになってしまうということです。

 リーダーと良好な関係にある部下は身内(内集団)として存在し、それ以外の部下は同じチームのメンバーでありながらよそ者(外集団)として存在する、という棲み分けがなされるのです。

 上司と良好な(関係性の質が高い、内集団にいる)部下は、そうでない(関係性の質が低い、外集団にいる)部下に比べて、客観的なパフォーマンスや評価が高く、キャリア発達もスムーズです。

 また、仕事に対する満足感や組織へのコミットメントも高い水準にあります。

 これは、良好な関係にある部下の方が、自分自身が何を任されているのか、仕事上の役割を明確に認識できることによります。

 一方、外集団にいる部下の仕事に対する満足感や組織へのコミットメントは、内集団にいる部下より低い水準になってしまうため、人間関係の凸凹が温度差を生んでしまうのです。

脚注[1]山浦一保・堀下智子・金山正樹(2013). 部下に対する上司のポジティブ・フィードバックが機能しないとき. 心理学研究, 83 (6), 517-525.

[2]Liden, R. C., Wayne, S. J., & Stilwell, D.(1993). A longitudinal study on the early development of leader-member exchanges. Journal of Applied Psychology, 78 (4), 662-674.

[3]Nahrgang, J. D., Morgeson, F. P., & Ilies, R.(2009). The development of leader-member exchanges: Exploring how personality and performance influence leader and member relationships over time. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 108 (2), 256-266.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)