マツモトさんにとって、それまでいた支店は、アットホームで気軽に話のできた職場だった。しかし、転勤先の部署では、そのよそよそしさが耐えられなかったという。

 「3年間、本社でがんばれば、昇進できるから…」と、上司からは言われた。しかし、朝、出社すると、そんな職場の雰囲気に、体が震えるようになった。

 やがて、マツモトさんは、会社の玄関にさえ入れなくなってしまい、出勤できなくなってしまったのだ。

「なぜ?」と、誰もが首を傾げたくなるに違いない。

 しかし、「原因を調べていくと、ある雰囲気や場所に、心身が反応していることは、意外に多い」と、産業カウンセラーは指摘する。

 事故や事件に遭った場所を通ると、昔の体験が蘇るトラウマに似ているという。ヘビに睨まれたカエルのように、マツモトさんも会社の建物が見えてくると、怯えて体がすくんでしまい、動けなくなった。

 それでも、マツモトさんは当初、出勤時間が来ると、これまでと同じように自宅を出ていった。妻が心配するからだ。彼女も、夫は会社に出勤しているものだとばかり思っていた。

 この間、マツモトさんは、公園や図書館などで時間をつぶしていた。そして、夕方を過ぎると、何事もないように帰宅。気づいたときには、もう後戻りできないような状況になっていて、しばらく引きこもり状態になってしまった。

 会社に行くと、上司や同僚たちとのコミュニケーションが、心の支えになっていることも大きい。そうしたファミリーのような職場の人間関係が、日本の企業を支えてきた。しかし、終身雇用システムが崩壊し、年棒制が導入され、企業の合理化・リストラが進んだ。

 「社内では皆、自分のノルマに追われ、余裕がない。成果主義の流れが、これまでの個々のつながりを寸断し、同僚や部下を気遣うサポート体制も崩れてしまったんです」(産業カウンセラー)