2020年3月、外資企業の大攻勢に苦しむ「出前館」に、30代の若きマーケターがやってきた。元キックボクサーにして、15年間にわたりネット広告やマーケティングの世界に身を置いてきた藤原彰二氏。DX(デジタル・トランスフォーメーション)を積極的に進め、IT業界で注目される人物だ。同年6月には同社ナンバー2の取締役/COOに就任して大胆な社内改革を敢行。ダウンタウン浜田雅功を起用した「スーダラ節」の替え歌CMを世に送り出し、売上・利用者数・加盟店数の飛躍的な拡大につなげた。そこまで明かして大丈夫? というくらい出前館の改革を詳細に記した初の著書『それっておかしくね? 「素朴な問い」から始める出前館のマーケティング思考』(ダイヤモンド社)から、デジタルマーケティングのヒントを学ぼう。

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リターゲティング広告をやめた理由は「再現性のなさ」

仮に1000万円というマーケティング予算があったとしましょう。これは個人の投資でも同じですが、どういう広告や販促に予算をかけたらもっとも効率がよくなるかを考えるのが、責任者や担当者の仕事です。コンバージョンレートがもっとも高い施策にマックスの予算を振り分けたほうがいいわけですね。

ここでもっとも大事なのは、「再現性のない広告はいらない」、ということです。

1度出前館を利用した人に対して、どのような広告を打ったら2度目の利用をしてくれるのか、つまり再現性がどの程度かを、各ケースについて考えてみましょう。

まずは、出前館アプリのクーポン利用者。1度注文してくれた人にアプリ専用クーポンを発行すると、高確率で2回目以降の利用につながります。つまり再現性が高いため、費用対効果はもっとも高いと言えるでしょう。それも当然で、出前館のアプリをインストールして使ってくれている時点で、その人が出前館を今後も利用する気満々だというのは自明ですよね。

次に、「出前館」というキーワードでブランド検索(指名検索)してくれる人。これは先ほど説明したように、「デリバリー 中華」などと検索する人よりもずっと、コンバージョンレートが高いというデータがあります。ということは、やはりキーワード検索を促すべくTVCMで「出前館」と連呼するのは理にかなっているということになる。CMに予算を突っ込むのは正しい、というわけです。

では、メールによるプッシュはどうでしょうか。これはユーザーの興味次第ですね。興味がある人はリンクを踏んでくれるでしょうが、興味がなければ読んでもくれません。つまり「メールしたからといって、再訪してくれるとは限らない」。再現性がそれほど高い方法とは言えません。

最後に、定番のリターゲティング広告。実はネットビジネスの会社では、広告予算全体の半分くらいをリターゲティング広告に使っていたりしますが......。

それっておかしくね?

リターゲティングで、ユーザーを追いかけて広告を出すとします。普通のショッピングサイト、あるいはフェイスブックのフィードに、自分の興味のある広告が表示される。

だけど、次にいつその広告に巡り合えるかって、わかりませんよね? 次のページに遷移する際、ブラウザアプリを回閉じるなり、ブラウザをリロードするなりしたら、次にその広告が出てくるタイミングは「たまたま」でしかありません。

皆さんにも経験がないでしょうか。複数ページにわたるニュースサイトの記事中に、目に入った広告があった。記事を読み終えてから「そう言えばあの広告」と思ってブラウザバックしても、その広告は消えています。

要するに、再現性がないのです。本来デリバリーは日常使いにしてほしいサービスなのに、そんな一期一会的な訴求では、次に注文してくれるまでの時間がすごく空いてしまう。

広告効果がないとは言いませんが、延々と集客コストがかかるわりには、それだけの予算を突っ込むだけの費用対効果が見込めません。

リターゲティング広告はCPA(Cost Per Acquisition/ 1件のコンバージョンを獲得するのにかかった広告コスト)がよく見えるのでやりがちですが、実は売上の純増にはそれほど結びつかないのです(これは出前館に限らずですが、CPA至上主義の会社は多いと言えます。再現性の低いCPAに目がくらむ経営者のなんと多いことか)。

だから、出前館はリターゲティング広告をやめました。その分、再現性の高い「アプリのクーポン」と「ブランド検索(指名検索)」に予算を思い切り寄せたのです。

なぜ『スーダラ節』で「浜ちゃん」なのか

そのブランド検索強化のための方策がTVCMです。要は、CPA追求型のリターゲティング広告をやめた分の広告費を、CMに突っ込みました。

では、どんな方向性で行くか。思案の末、競合が「かっこいい/スピード感」だとすれば、出前館は「親しみやすい/安心感」だという結論に達しました。

ここ数年の間に知名度を上げた競合とは対照的に、20年間培ってきた「出前館」ブランドの親しみやすさは、日本人にかなり浸透したイメージだと思います。また、当時競合がコロナ禍で躍進するなか、配達員の交通マナーや配達品質が問題視されていたので、その向こうを張る出前館としては、「清潔、自前配達拠点、配達品質」といった安心感でアピールできるだろうと踏みました。

ですから当然、CMもその方向性です。「出前館」を覚えてもらう目的ですから、「出前館」というブランド名が替え歌の歌詞に入る「歌もの」であるべし。いくつか候補曲が挙がるなか、親しみやすく馴染みのある曲ということで『スーダラ節』に決まりました。

1961年に発表された、ハナ 肇とクレイジー・キャッツによる大ヒット昭和歌謡です。実はこの曲、「歌もの、何回かフレーズを繰り返す」ということで広告代理店にオーダーして出てきた、上から6案目くらいの(たぶん)“捨て案”と今でも僕は思っていますが(笑)、他案をすっ飛ばしてこれに決めました。時代・世代を超えて知名度がありますし、「出前がスイスイスーイ♪」は耳に残り、誰でも口ずさめますから。

このCMは15秒間、浜ちゃんが歌っているだけです。あまりにもシンプルですが、これでいいのです。

今のCMは、たくさんの情報を詰め込みすぎる。たった15秒しかないんだから、伝えることは1つでいい。たくさん言ったところで、どうせ視聴者は覚えられない。そのたった1つは「出前館」というブランド名であるべし。

実は、最初のCMは浜ちゃんなしの歌だけバージョンを1ヵ月ほど流しました。これはこれで悪くなかったのですが、さらに「親しみやすさ」を加味しようということで浜ちゃんにご登場願いました。

その後の世間での反応は、ご存じのとおりです。

相方の松本人志さんが、番組でことあるごとにCMをいじってくれたり、後輩芸人の皆さんがトークで話題に出してくれたり。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(2020年10月11日放送回)に至っては、まるまる1回分が出前館CMフィーチャー回で、月亭方正さん、ココリコさんがCMの再現に挑戦してくれていました。

CMは大きく話題になり、出前館の認知率は57.2%から79.9%(2021年1月)にアップ。指名検索数も飛躍的に伸びました。

実は社内では当初、このCMに対して少なからず反対意見がありました。経営陣の一部から「コストをかけすぎではないか」という声があがったのです。

が、僕にしてみれば、「そんなこと言ってるからダメなんですよ」という話。指名検索の増加という大目的のためには、ここに予算を突っ込む必要がたしかにあったのです。

「もし失敗したら誰が責任を取るのか」という声もありました。でも「何かあったら僕が責任取ります」と啖呵を切って通しました。絶対に成功するという自信があったからです。