2020年3月、外資企業の大攻勢に苦しむ「出前館」に、30代の若きマーケターがやってきた。元キックボクサーにして、15年間にわたりネット広告やマーケティングの世界に身を置いてきた藤原彰二氏。DX(デジタル・トランスフォーメーション)を積極的に進め、IT業界で注目される人物だ。同年6月には同社ナンバー2の取締役/COOに就任して大胆な社内改革を敢行。ダウンタウン浜田雅功を起用した「スーダラ節」の替え歌CMを世に送り出し、売上・利用者数・加盟店数の飛躍的な拡大につなげた。そこまで明かして大丈夫? というくらい出前館の改革を詳細に記した初の著書『それっておかしくね? 「素朴な問い」から始める出前館のマーケティング思考』(ダイヤモンド社)から、デジタルマーケティングの真髄を学ぼう。

インターネット 視聴者Photo: Adobe Stock

インターネット広告の歴史(1)バナー広告~アフィリエイト広告

出前館は最先端のマーケティングを駆使している会社なのに、なぜTVCMは「でっ、でっ、出前館、出前がスイスイスーイ♪」と、かなりベタな連呼型なのか。

そうなった理由と背景を理解してもらうために、まずは日本のインターネット広告の歴史を軽く説明します。

1996年4月に商用検索サイトの「Yahoo! JAPAN」がサービスを開始すると、まずバナー広告が流行りました。バナー広告とはいわゆる純広告で、ウェブサイト上に表示されている画像をクリックすると、その商品・その企業のページに飛ぶというものです。

同じ頃にメール広告が登場しました。個人宛てのダイレクトEメール、あるいはメルマガに広告が入っているものですね。

ただ、バナー広告やメール広告はどうにも広告効率が悪い。そこで1999年頃から出てきたのが、アフィリエイト広告です。これは、いわゆる成果報酬型広告で、バナー広告と違い、表示されるだけでは広告費が発生しません。広告がクリックされ、コンバージョン(購入、資料請求、会員登録などのアクション)に至って初めて、広告費が発生します。

2002年頃になると今度は、グーグルなどの検索ポータルで検索した人に、その検索内容に見合った広告を自動表示させる検索連動型広告が登場します。これはリスティング広告などとも呼ばれ、結果としてSEM(Search Engine Marketing/検索エンジンマーケティング)が大いに発達しました。そこでのノウハウが溜められたのが、SEO(Search Engine Optimization/検索エンジン最適化)というもの。任意のサイトを検索で上位にヒットさせるための、さまざまなテクニックです。

インターネット広告の歴史(2)「枠」から「人」へ

ここまででわかるのは、テクノロジーの進化によって、インターネット広告は「枠」に出すのではなく、「人」に出すという考え方にシフトしてきたということではないでしょうか。つまり、アクセス数の多いサイトのバナー広告枠を買い、ただ置いておくのではなく、広告効果が見込めそうな人を属性別に囲い込んで、いろいろな方法(サイト閲覧履歴や検索履歴など)で探し出し、ピンポイントで興味のありそうな広告を打っていく、というわけです。

その結果、たしかに効率は良くなりました。反面、ターゲットを個人に絞りすぎてしまい、全体から見たら大した売上ではない、というケースもありました。

そんななか、2012年頃からリターゲティング広告(ヤフーでの呼び名。グーグルでは「リマーケティング広告」と呼ばれます)というものが登場します。これは、一度あるサイトに訪問したことのあるユーザーに対して、再訪を促す広告のこと。たとえば、ペット用品の通販サイトを訪れた人は、仮にそこで何も購入していなくても、何かペット用品が欲しいと思って来た可能性が高いですよね。ですから、その人がそのサイトを離れて無関係のサイトにいるときも、ペット用品の通販サイトの広告を表示させるのです。ユーザを追いかけることから、これは追従型広告とも呼ばれます。

リターゲティング広告はCPA(Cost Per Acquisition/1件のコンバージョンを獲得するのにかかった広告コスト)が低く出やすいので、その登場によってネット広告の市場はかなり伸びました。とはいえこれも、ある興味をもってサイトを訪れた既存客にしか向いていない広告です。新規顧客を引き込む効果は、それほど見込めません。

そういったなか、2014年頃からはメッセンジャーアプリを利用した広告が登場しました。要はLINEなのですが、お店がアカウントを持ち、そのアカウントを個人ユーザーに「友だち」追加してもらうことで、セールや新商品案内などの情報発信をしたり、新規客向けにクーポンを発行したりして、集客を促すわけです。

お気づきでしょうか。結局メッセンジャーアプリの広告って、かつてのメール広告の代替なんですよね。個人にターゲティングしたプッシュ型(広告主側が決めたタイミングでユーザーに対して情報発信する)広告という意味では、同じです。

「出前館」で検索してもらう意味

2018年頃からは、バーティカルサーチが幅をきかせ始めます。バーティカルサーチとは、グーグルなどの検索機能のうち、検索の対象を特定の分野、特定のコンテンツに限定して表示させられるもの。

……と言ってもよくわからないと思いますが、要はですね、欲しいと思っているナイキのスニーカーがあるとしましょう。それを商品名で検索すると、検索結果の一番上に「広告」と称して、そのスニーカーの写真・商品名・価格・販売サイト・送料などがズラッと並びます。あれが、バーティカルサーチの機能の一部です。

なぜこんなことができるかというと、グーグルが「自分たちのフォーマット通りに写真やデータなどを送ってくれたら、綺麗に表示しますよ」と言って、そういうデータを各ショップからもらっているからです(これを「データフィード」と呼びます)。

この仕組みはとてもよくできています。一般の検索結果よりも上に、直接的に表示されれば、ユーザーはどこで買うかをすぐ決められますよね。だから、各ショップはこぞってグーグルにデータを提出し、その検索経由でものが売れれば、グーグルは広告料としていくらかもらえるわけです。

同様にして、グーグルは飲食店の予約も、グーグル経由で直接できるような仕組みを整えています。「渋谷 デリバリー」とか「新宿 カレー 配達」で検索すると、これまた検索結果の一番上に、該当する店舗名や住所・電話番号、現時点で営業しているかなどの表示があり、クリックするとダイレクトに席予約できる画面に遷移する。飲食店サイトや食べログなどのポータルサイトを ―― なにより出前館サイトも ―― 一切挟まないでコンバージョンに至ってしまいます。しかも、お店のデータもグーグルにどんどん蓄積されていく。

これは、まずい。グーグルに全部持っていかれてしまう! では、どうすればいいか。ユーザーにはっきりと「出前館」というキーワードで検索してもらい、出前館のサイトに確実に訪れてもらうしかありません。

データを掘ってみると、「出前館」というキーワードで指名検索した人のほうが、その他のキーワードで出前館に行き着いた人より、ずっとコンバージョンレートが高い、つまり実際に注文してくれる率が高いことが判明しました。指名検索は10%、その他のキーワードでは1%です。

「出前館」というキーワードの指名検索を増やす。そのためには、とにかく「出前館」を覚えてもらわなければなりません。

その結論が、「出前館」を連呼するTVCMを流すことでした。