消費社会が成熟する中、企業がさまざまな社会課題にどのような立場を取り、どのように行動していくのかといったことが、企業や商品のブランドに対する支持に大きな影響を与えるようになってきた。こうした社会課題を意識したPR施策も増えているが、成功させることは容易ではない。社会課題への取り組みをブランド力や企業イメージの向上につなげるためのポイントとは何か。米大手ビールメーカーの事例を踏まえて解説する。(PRストラテジスト 本田哲也)
米大手ビールメーカーが
農家に向けて行った「ある提案」
意外に思われるかもしれないが、米国では今、食品に対する需要が高くなっており、90%の米国人がオーガニック食品を購入したいと思っている。その一方で、有機栽培が行われている農地は、米国の農地のわずか1%だ。
これはある意味、仕方のないことだ。これまでの大量生産、大量消費の世の中においては、農地はいかに安く、早く生産するかを求められていたのだから。
また、農家が有機農法に移行するにはいくつかリスクがある。移行には膨大な投資だけでなく、3年もの月日がかかってしまう上、移行期間中は農地の生産高は減少してしまう。そのため、オーガニック食品の需要はあるものの、ほとんどの農家が有機農法への移行に踏み切れないという現実がある。
そこに切り込んだのが、世界最大の穀物購入企業の一つでもある米国の大手ビールメーカー「アンハイザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)」。日本でもお馴染みの「バドワイザー」を扱っている企業だ。アンハイザー・ブッシュは、「Contract For Change(変化のための契約)」と名付けられたキャンペーンで、米国内の農家に向けて以下の提案を出した。
(1)有機農法への3年の移行の後に収穫された大麦は、アンハイザー・ブッシュが販売するオーガニックビール「ミケロブ ウルトラ ピュアゴールド(Michelob ULTRA Pure Gold)」が最初の顧客になります。
(2)アンハイザー・ブッシュは、3年の移行期間のあいだ顧客になり、大麦の生産量が減る分、通常よりも25%高い価格で買い取ることを約束します。
(3)米国オーガニック・トレード協会(Organic Trade Association)や米農務省などの信頼できる農業組織を通じて、有機農法の実践に関するトレーニングを提供します。
ネックになっていた3年の移行期間の収入減というリスクを回避できる上、生産した大麦を販売する相手が確約されているこのキャンペーンは、農家にとっては破格の好条件といえるだろう。
この施策は、全米の農家に向けて地方新聞の広告などで大々的に宣伝された。その結果、175人の農家がすでに契約に署名し、10万4000エーカー(米国の大麦農地全体の4%)が有機農法への移行を開始したのだ。