“人事の天才”天武天皇が断行した驚愕の一大リストラとは写真はイメージです Photo:PIXTA

 現代を生きる私たちの多くは、なんらかの組織に属し、組織人として生きている。そして、組織のなかで生きる以上、「人事」は無視できないだろう。それは歴史上の有名人たちも同じことだ。

『人事の日本史』(朝日新書)は、歴史学の第一人者たちである遠山美都男、関幸彦、山本博文の3氏が人事の本質を歴史上の有名人や事件に求め、「抜擢」「派閥」「左遷」「昇進」「肩書」「天下り」など多数のキーワードから歴史を読み解いたユニークな日本通史。歴史ファンだけでなく、ビジネスパーソンも身につまされるエピソードが満載の一冊だ。本書の一部を紹介しよう。

*  *  *

 白村江の敗戦からわずかに9年、我が国は未曽有の内乱を経験することになる。672年の夏に起きた壬申の乱がそれだ。

 この内乱は、671年12月に46歳で没した天智天皇の後継の座をめぐって発生した。天智の弟である大海人皇子が、天智のむすこ大友皇子を激戦のすえに破り、即位して天武天皇となった。

 天武の勝因は、天智が推進した急進的な改革(いわゆる大化改新)に不満をもつ中央の中小の豪族や地方の豪族たちが天武を支持したことにあると言われることが多い。天武は彼らの不平不満に耳を傾け、彼らの力を巧みに利用して内乱に勝利することができたというわけだ。

 だから天武は、即位すると一人の大臣も置かずに政治を独裁したとされる。これは、大臣をはじめとする「まえつきみ」として国政に関与してきた中央の大豪族たちにとって、大きな打撃になったというのだ。