
永遠のテーマ、「よいものを作るには、どうすればいいのか?」。その答えは、『エヴァンゲリオン』の加持リョウジが育てていたスイカにある。命の危険すら顧みず、静かにスイカを育てるその姿は、スマホ時代に失われつつある「孤独」「反復」「自己との対話」の価値を、あらためて思い出させてくれる。※本稿は、谷川嘉浩『スマホ時代の哲学「常時接続の世界」で失われた孤独をめぐる冒険【増補改訂版】』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を抜粋・編集したものです。
命の危機が迫っても
スイカを育てる加持リョウジ
テレビシリーズ第17話「四人目の適格者」や「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」では、加持リョウジという人物がスイカを育てているシーンがあります。
内偵を進めていたことが露見して組織に命を狙われている状況であるにもかかわらず、加持はスイカ畑に主人公(碇シンジ)を連れて行って、畑の様子を見せ、水やりをしています。印象的なのは、この主人公との会話で、〈趣味〉という言葉が使用されていることです。
具体的な会話を見てみましょう。ここではテレビシリーズを見ておきます。
シンジ:スイカ……ですか?
加持:ああ、可愛いだろ?俺の趣味さ。みんなには内緒だけどな。何かを作る、何かを育てるのはいいぞ。いろんなことが見えるし、わかってくる。楽しいこととかな。
加持:ああ、可愛いだろ?俺の趣味さ。みんなには内緒だけどな。何かを作る、何かを育てるのはいいぞ。いろんなことが見えるし、わかってくる。楽しいこととかな。
世界の存亡がかかっており、自分にも命の危険があるタイミングで、加持は暢気にスイカを育てています。寂しさや有用性の論理を離れて、何かを制作し、生み出すこととしての〈趣味〉に加持は時間を費やしたのです。