企業内デザイナーのエンパワーから
新たな価値が生まれていく

――経営者もデザインの重要性は理解しているけれど、デザインという専門領域に口を出すのは野暮だと思って遠慮しているように見えます。

太刀川 それは矛盾です。経営者なら「よいものを作る」という気概は当然持つべきですし、そのためには「よいものを判断できる」という自信も必要です。「デザインが分からない」というのは、よいものを作ろうとしていないのと同義だと私は思います。

 富士フイルムでは、デザインセンター長の堀切和久さんがエンジニアと一丸となって創薬領域などでデザイン主導のイノベーションを起こしています。これはソニーで平井一夫元社長が社内スタートアップを盛り上げ、エンジニアとデザイナーをつないで若手の企画者から面白いデバイスが生まれるような生態系を作って会社を立ち直らせた事と近い現象に見えます。企業内のデザインのあり方を見直し、デザインの力を広く使えるように人員を再分配した企業からは、成功事例が着実に生まれているのです。企業内にこうした実績が生まれれば、社内のデザイナーも水平横断的に動きやすくなります。しかし、実際はまだまだデザイナーは分断されていて外部との接点が少ない。いつも同じ顔ぶれ、同じ建物、そして厳しい守秘義務の中に閉じこめられているのです。

――経営とデザインの関係性の構築が仕組み化されていない現状に対して、JIDAのような組織はブリッジ役になれるのではないでしょうか。

太刀川 JIDAは1952年に柳宗理や渡辺力など日本のインダストリアルデザインの元祖のような人たちが立ち上げた組織ということもあり、いまも名だたる製造企業が企業会員になってくださっています。最近はどちらかというと独立系デザイナーの業界団体を企業会員がサポートする、という構図が顕著でしたが、これからは会員企業内のデザイナーたちが研鑚し合い、学びを得られる場にしていければ面白いな、と思っています。日本の大企業の「変革のお薬」として、社内のデザイナーを活性化する役割を果たしたいですね。

『進化思考』の著者が説く、経営者が良きデザイナーであるべき理由Photo:NOSIGNER

――実現すれば、企業内のデザイナーに潜在する「その企業らしさ」という暗黙知が引き出されるきっかけになりそうです。

太刀川 それはどうでしょうか。そもそも企業らしさって、経営の中枢と遠く離れたデザインセンターからは生まれにくいんですよね。ちょっと話は逸れますが、以前、流線型のヘルメットみたいなデザインの炊飯器がやたらと増えた時期がありましたよね? あれってデザイン教育の現場で、モビリティを想定した「速い線」ばかり引かせていた影響じゃないかと思うんです。その後、深澤直人さんや柴田文江さんのようなデザイナーが「そもそも人が求めるキッチンとは?」みたいな原点を問い直すようになり、ようやく「生活に寄り添ってベーシックに戻ろう」という流れができてきました。

 企業の「らしさ」も同じで、実は社内に当たり前には存在していません。歴史を意識的に掘り起こして再発見していくプロセスが必要なのです。過去の名作に立ち返って自社の遺伝子を組み直す。そんな作業を通じて会社の文脈が受け継がれていくのです。そこから出てきたデザイン言語なら経営者も理解しやすいし、デザイナーにとっても優れた指針になります。日本企業の多くが取り組むべきことだと思います。