2021年に流行ったものの一つに「昭和レトロ」があるという。日経トレンディの「2021年ヒット商品ベスト30」では、「昭和・平成レトロブーム」が4位にランクインし、その代表格が「西武園ゆうえんち」であったと報じられている。
西武園ゆうえんちのリニューアルにあたり、その目玉が「昭和の商店街」の再現だと発表されたとき、ここまでのブームになると予想した人がどれだけいただろうか。「昭和レトロ」はこれまでにいろいろなところで使われてきたアイデアであり、それほど斬新なわけではない。しかも100億円という限定的な予算。加えて、コロナ禍という想定外の悪条件もあった。本当に大丈夫なのだろうか?
しかし、西武園ゆうえんちは見事に復活した。今にして思えば、「昭和」という設定を活かしたアイデアが秀逸だったのだ。『苦しかったときの話をしようか』(ダイヤモンド社)の著者であり、『日曜日の初耳学』(TBS系列)にも出演する森岡毅氏に、「ブランドを強くするコンセプトの作り方」について伺った。(取材/ダイヤモンド社・亀井史夫)

なぜ西武園ゆうえんちに「昭和の街」が生まれたのか?

西武園ゆうえんちリニューアルの「肝」は「コミュニティー愛」

――西武園ゆうえんちは、今年5月に「昭和」をイメージした「夕日の丘商店街」や昭和を代表する大怪獣ゴジラの最新アトラクションを投入した映画館「夕陽館」をオープンすることでリニューアルしました。その後も、夏には花火をエンターテイメント化した「大火祭り」などを仕掛け、秋には体験型謎解きアトラクション「夕日の丘怪盗奇譚」などを導入しました。この「昭和」というアイデアは、実に絶妙だったと思います。多くのアトラクションを「昭和」というキーワードで包み込んで、どんどんパークを進化させていくことが可能です。ブランドを作る場合のコンセプトの重要性について教えてください。

森岡 毅(以下、森岡) テーマパークにせよ、レストランにせよ、人は何かを選ぶとき、本能的に頭の中にいくつかの選択肢を持っていて、その中からランダムに選んでいます。まずはその頭の中の候補に入らなければ話になりません。そのためには「ブランドの顔」が必要ということです。関東の人が週末に遊びに出かけようと思ったとき、東京ディズニーリゾートや富士急ハイランド、よみうりランド、東京ドームシティくらいまでは思い浮かべるかもしれませんが、ここ10年くらいは西武園ゆうえんちは候補にすら上がらなかったのではないでしょうか。これはパークの顔がわからなくなっていた、特徴が薄れてしまっていたということです。

そこで我々は、二つの必要条件を満たすものは何か、ということから考え始めました。

一つは、消費者の本能の構造。もう一つは、西武園ゆうえんちの持つリソースによる構造です。人は集客施設になぜ行くのかというと、一番強いのは「幸福感を得たいから」。次に強いのは「興奮を得たいから」です。関東平野における興奮を売ってるパークって、実はほぼないんですよ。富士急ハイランドがそうなんですけど、都心からはちょっと遠い。しかし、ジェットコースターを何個もバンバン作るのは、やっぱりお金かかりすぎるわけですよ。

少ない設備投資費で興奮を作る方法はあるのか? 恐怖やホラーを活用するオプションもあったんですよ。ところが、ホラーとか恐怖だけを売ると、なかなか十分に大きなベネフィットにはならない。恐怖だけで需要予測すると微妙に足りなかったんですよ。もっと人間(パフォーマー)を中心に使いながら興奮させるっていうのも何パターンか考えたけど、どれもこれも中長期的に耐えられるかという不安があったんですね。

とはいえ、「幸福感」で売っているパークは、関東平野には東京ディズニーリゾートという超ガリバーがいるわけです。幸福感のもう一つの選択肢になり得るのか? サステナブルなビジネスができるかっていうことを計算したわけですね。そしたら、ある程度シェアがとれる強さを持つコンセプトを作ればいけそうだと。

――それで「昭和」というコンセプトに辿り着いたんですか?

森岡 いえ。その前に、もっと本能と欲求の深いところを探求しなくてはなりません。「幸福感」から何を連想しますか? ということを科学的に分析していくと、人との繋がりとか、親から愛されていた頃とか、人に愛されてることを実感できるときとなる。もっと突っ込んで、いつそれを一番感じていたのかを掘っていくと、大きく2つピークがある。子どものときに親から愛された、結婚するかしないかのときに配偶者から愛された。つまり、「親子愛」「恋愛」しかないわけです。ディズニーの作品も、実はほとんどがそのフォーマットでできてるんですね。

ディズニーがいるマーケットのなかで、彼らと外形上のテイストが違って見えるHOW(消費者が実感できる体験)って何だろうと考えていって、5つ6つ考えたんですけど。そのなかで一番よかったのが、親子愛と恋愛以外にもう一つ、「コミュニティー愛」っていうのがあることを発見したことです。特に日本人にはこれが強い。コミュニティーの横軸にも幸福感の記憶が根強いんですよ。すごくお節介な近所のおばちゃんがいたとか。仕事の域を超えた生徒想いの先生がいたとか、町中の人の顔と名前を憶えている駐在所のお巡りさんがいたとか。個人主義の西洋文化から生まれたディズニーにおいては、コミュニティー愛はそれほど強く前面に出てこないんですよ。コミュニティーの良さっていうのは、日本人の琴線に触れるユニークな要素なんです。

それを一番端的に象徴している設定は何かということを、江戸時代でも鎌倉時代でも戦国時代でも調査したんですけど、多くの現代人の頭の中ではやっぱり昭和30年代だったんですよ。戦後が終わって、高度成長真っ只中のあの時代。本当にあのときにそういう理想的なコミュニティーがあったかどうかは実は多くの人がわからない。でも、少なくとも今の人たちは、その時代にそれがあったと信じてるんですよ。これは既に脳の中にある構造なので、これを逆手にとったコンセプトを必死で考えて書いて調査したら、それが高スコアをとったんですよね。

――そういえば、NHKの朝の連続ドラマってずっと人気ありますけど、必ずコミュニティーが出てきますよね。溜まり場になる喫茶店とかがあって、みんなが仲良くわいわいやってるシーンが必ず出てくる。

森岡 そうなんですよ。だからコミュニティーの横軸っていうのは、個人主義が強調される環境で育たなかった多くの日本人のなかにあるんですよね。日本人はね、コミュニティーが大好きなんですよ。実際に田舎に住んだら、けっこうややこしいこととかあるんだけど、それでも日本人はやっぱり人と繋がりたいんですね。周囲に受け入れられて、認められたい。だからみんな必死にSNSやってるわけです。

そんな現象も多くの孤独を感じている人間の叫びにも見えるし、そういう時代には必ずコミュニティーの横糸は当たると思えるわけです。お節介なぐらい人が関わってくる、人との絆、繋がりが濃かったあの「幸福な時代」っていうのは、斬新に人々の本能の飢餓感に響くと思ったんですよ。

――なるほど。

なぜ西武園ゆうえんちに「昭和の街」が生まれたのか?

ソフトウェアとハードウェアの構造を両方活用したコンセプト作り

森岡 もう一つ、投資のリソースから考えたときに、古いアトラクションは壊すだけで数十億円かかるんですが、それをしなくていいなら、新しいアトラクションをもう一つ作れる。それで「ゴジラ・ザ・ライド」を作ったわけです。パズルみたいに全部がパチパチパチってはまっていったんですよね。ソフトウェアの構造(消費者の頭の中にある構造)とハードウェアの構造(西武園ゆうえんちの持つリソース)を両方活用したコンセプトだったんですね。

ソフトウェアの構造というのは、人々がすでに頭の中に持っている幸福を連想しやすい記号性のあるテーマとしての「昭和」という包装紙を得たこと。昭和というのがこの場合は一番有利な設定だと考えた。もう一つは、すでにある観覧車とかメリーゴーラウンドとかを潰すよりも活用するほうがだいぶコスト的に都合がよかった。あれを新しくすることはできないけど、古いならではのよさに変わるように、消費者の眼鏡を変えてしまえば良いわけです。ここはこういう場所なんですって定義したほうが早いということですね。

――そういう順番でコンセプトを考えていったんですね。あれ、でも森岡さんは、U S Jでは「映画のテーマパーク」というテーマ設定を変えることからリニューアルを始められましたよね。その違いは何なんでしょうか?

森岡 USJは関西という小さいマーケットにいるわりには図体がでかいんですね。設備投資費がいっぱいかかっているから、いっぱい稼がないといけない。「映画」だけでは狭すぎるので、あらゆるI P(コンテンツ知財)が使えるようにしました。都合がよかったのは、ディズニーはディズニーであるがゆえにできないことがあったということです。ディズニーが圧倒的に強ければ強いほど、ディズニーじゃないものは使えないわけですよね。でもディズニー以外にも人々が好きなものはたくさんあって、例えば、モンスターハンターもバイオハザードもハリー・ポッターもある。これらは全部ディズニーだからこそ使えない。あと、ハローウィーン・ホラー・ナイトのようにホラー系のものとか、ディズニーがディズニーであるがゆえにできない領域がある。強ければ強いほど反対側に必ずより濃い影ができるんですよね。自分と相手の差を自分が有利になるように突く、それが戦略というものです。

――多くのレジャー施設の失敗例としては、「開園時だけ話題になるけれど、その後進化がなく、やがてジリ貧になっていく」ものが多いように思います。その点、森岡さんが企画されたパークはいずれも確実に進化していって、リピーターを飽きさせないところに魅力があります。ネスタリゾート神戸も、「大自然の中のテーマパーク」としてどんどん進化していますね。パークを手がけられる場合、どのくらいのスパンで完成形をイメージしてデザインされるのでしょうか? 最初に「5ヵ年計画」のようなものを立てられるのですか?

森岡 西武園ゆうえんちの場合は、もともと100年続くコンセプトを作る覚悟でやっています。戦後の昭和は、100年後はますます「幸福のファンタジー」になってると思いますしね。それに「昭和」なら版権料もかからない。お金がかからず、時間がたてばたつほどよりファンタジー感が増していく。70年続く西武園ゆうえんちはその点で完全にリアルなんですよ。だからそのコンセプトが本物になるんですよ。たとえば撤去しなくてはと思っていた古い観覧車も、日本で最も値打ちがあるものになっていく。

あとは、やっぱりニュースの継続性みたいなものももちろん考えています。毎年どういうニュースが提供できるかっていうことの頻度と効果を考えていったら、拡張性を担保してることが重要課題だったんですね。なので、脱着可能な構造を持つことも、柱となる基本戦略の一つ。ゴジラを映画館にしたのはそういう理由です。ソフトウェアを変えるだけで、施設は建て直さなくてもいい。「新しい映画が来た!」っていうことでニュースを飛ばすことができる。あくまでも例えですが、ガンダムだってできるし、仮面ライダーだってできるし、ウルトラマンだってできるし、日本の持ってる、今も続いている歴史のあるコンテンツ、けっこういっぱいあるんですよ。都会で人間関係が希薄になればなるほど、「人との繋がり」は価値を持つんですね。アナログの価値は、デジタルな世の中になればなるほど上がっていく。ということで、新しくなった西武園ゆうえんちは、拡張性と持続性を持つんです。すごく都合がいいでしょ。

――考えれば考えるほど、唯一無二の秀逸なコンセプトだったんですね。

森岡 若い子にとっては初めて見る新鮮なもので、でも、どこかで見たことがある「エモい」っていう対象になるし、お年寄りは本当に懐かしがるし、世代間をペイントできる。いろんな条件が満たされた、同時に複数の4つも5つもあるコアの問題を一発一撃で解決できる、これこそがアイデアなんだと思うんですよ。このコンセプトはアイデアだったんです。

私たちが引き出したのは、人々の頭の中に既にある幸福の記号なんです。黒電話を見ると懐かしいって思う。駄菓子屋でお菓子を買うと、駄菓子屋でドキドキした子どもの時代を思い出す。人々の頭の中の原体験の蓋が開くんです。日頃は忘れてるんですけど、なにかのきっかけでフワッと蓋が開いていく。

これはめちゃくちゃ有利です。巨大な投資をしなくても、たくさんの幸福感を感じてもらえるわけですよ。シンデレラ城を作らなくてもいいんです。私たちの戦い方はそれで、日本人の頭の中にある構造を活用しにいったんです。西武園ゆうえんちの起死回生の勝ち筋だったんですよ。でも、それを理解して決断してくれた西武グループの皆さんには心から感謝しています。売れるんですか、そんなんで? おじいちゃん、おばあちゃん呼ぶつもりですかって。普通はそういう反応になるでしょう?(笑)

「テーマありき」でテーマパークを作るのではなく、最も大切な「感情便益ありき」で戦略を練る。立地やマーケットサイズ、既存の施設や予算などさまざまな条件を勘案し、いくつかの選択肢の中から最もお客様の本能に刺さるコンセプトを選ぶ。

この考え方から学ぶべき点は多いのではないだろうか。新しい商品を作るとき、新しいブランドを立ち上げるとき、新しいお店をオープンするときなど、さまざまな場面で生かせるはずだ。実際、森岡氏は、丸亀製麺のうどんを売るときも、金融商品の「おおぶね」を売るときも、同じ思考の過程を踏んだという。どうやってお客様の本能を動かすのか? 思考のスタート地点はそこなのである。

森岡 毅(もりおか・つよし)
なぜ西武園ゆうえんちに「昭和の街」が生まれたのか?

戦略家・マーケター
高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。
1972年生まれ。神戸大学経営学部卒。1996年、P&G入社。日本ヴィダルサスーン、北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表等を経て2010年にユー・エス・ジェイ入社。革新的なアイデアを次々投入し、窮地にあったUSJをV字回復させる。2012年より同社チーフ・マーケティング・オフィサー、執行役員、マーケティング本部長。2017年にUSJを退社し、マーケティング精鋭集団「刀」を設立。
「マーケティングで日本を元気に」という大義の下、丸亀製麺を僅か半年でV字回復に導き、旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)を経営再建させたほか、西武園ゆうえんちのリニューアルなどいくつものプロジェクトを推進。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集めている。
著書に、『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(KADOKAWA)、『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(共著、KADOKAWA)、『誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP社)、『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(ダイヤモンド社)などがある。『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)、『日曜日の初耳学』(TBS系)にも出演。