ニクソンはリンカーンの例を挙げる。

「南北分裂というアメリカ建国以来最大の危機に当たって、理想家リンカーンが情熱を注いだ大目的は、北部連邦の維持だった。その目的を達成するため彼は法律を破り、憲法に違反し、独裁に近い権力を行使し、個人の自由を制限した。これよりほかに道はないと、彼はそうした行動を正当化した」(『指導者とは』)

「こうするほかない」までとことん考えて判断するのが、政治家のあるべき姿なのである。

 最後に、責任を果たすために決定的に重要なものが判断力となる。

「そしてそのためには判断力――これは政治家の決定的な心理的資質である――が必要である。すなわち精神を集中して冷静さを失わず、現実をあるがままに受けとめる能力、つまり事物と人間に対して距離を置いて見ることが必要である」(『職業としての政治』)

ドゴールやマッカーサーが
持っていた「普通とは違う視野」

 指導者は、良い判断を下すために、空間と時間を超越する。前例を踏襲しているだけでは真の指導者にはなれない。

「日常の出来事を超えた視野を持つ必要があり、そのためには山上に立たなければならない。ごく少数のひとだけが、過去を現在と照合することによって未来を望見する技術をもっている。他の将軍たちは『この前の戦争』の発想で準備をしたが、ドゴールやマッカーサーは『この戦争』『現在の技術』に基づいて考えた」(『指導者とは』)

 そのうえで、最終的に判断を下す際の究極の判断基準は自分の本能だという。

「彼らは、常に自分の本能に耳を傾ける。他人の意見は求めるが、判断は必ず自分が下す。自己のビジョンを追い自己の本能に従えばたいていの場合そんなに誤るはずがないと、絶大な自信を持っていた」(『指導者とは』)

 自己の本能に対する絶対的な自信、だからこそ自分がやらなければならないという情熱も、責任感も湧いてくるのである。