世界150万部超の『アイデアのちから』、47週NYタイムズ・ベストセラー入りの『スイッチ!』など、数々の話題作を送り出してきたヒース兄弟のダン・ヒースが、何百もの膨大な取材によって書き上げた労作が『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』だ。全米でWSJベストセラーとなり、佐藤優氏「知恵と実用性に満ちた一冊」だと絶賛し、山口周氏「いま必要なのは『上流にある原因の根絶』だ」と評する話題の書だ。私たちは、上流で「ちょっと変えればいいだけ」のことをしていないために、毎日、下流で膨大な「ムダ作業」をくりかえしている。このような不毛な状況から抜け出すには、いったいどうすればいいのか? 話題の『上流思考』から、一部を特別掲載する。(初出:2021年12月24日)

「今の世界は簡単に滅亡する」学者が明かす怖すぎる理由【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

人はむやみに新技術を開発し続ける

 オックスフォード大学で教えるスウェーデン生まれの哲学者ニック・ボストロムは、現代社会が技術革新のせいで、ある種の脆弱性を抱えるようになったのではないかと考えている。つまり、社会全員の運命が、たった1つの不運や1人の悪人にかかっているような状況である。

 ボストロムがこう考えるのは、人間にはあと先考えずに新しい技術を求める習性があるからだ。科学者や技術者は、「これを発明すべきだろうか?」と熟考して、きちんと手続きを踏んでから発明することはほとんどない。発明できるから発明する。好奇心や野心、競争心に駆り立てられて、ひたすら前へ進む。技術革新に関する限り、アクセルがあるだけでブレーキはない。

 ときには莫大な価値のある発見がなされることもある。抗生物質や天然痘ワクチンがそうだ。一方、銃や自動車、エアコン、ツイッター等々の、功罪半ばする発明もある。そうした技術がどういう影響をおよぼすのか、よい影響が大半なのか、それとも悪い影響なのかを前もって知ることはできない。手探りで前進し、結果に対応するだけだ。

やがて「黒い玉」をつかむのではないか?

 ボストロムはこの「手探り前進」の習性を、こんなたとえを使って説明する。巨大な壺の中に玉がいくつか入っていて、人間はそこから玉を取り出している。一つひとつの玉は、発明や技術を表している。

 白い玉は抗生物質のような、人間に利益をもたらすもので、灰色の玉は功罪半ばするものだ。そしてここが肝心なのだが、壺に手を入れるときは、何色の玉が出てくるかはわからない。人間はただ衝動に任せて手を突っ込んでいる。

 だが、もし破滅的な玉を取り出してしまったらどうなるだろう? ボストロムは「脆弱世界仮説」と題した論文のなかで、壺の中にはそれを生み出した文明を破壊する、黒い玉が入っているのではないだろうかと問いかける。

 人間はまだ黒い玉を取り出したことはないが、「その理由は、人間が技術に関してとくに注意深い方針や賢明な方針を持っているからではない。たんにこれまで幸運だったというだけだ。……私たちの文明は、壺から玉を取り出す能力には優れているが、壺の中に戻す能力はない。発明することはできても、発明をなかったことにすることはできない。黒い玉がないことを祈るだけの戦略なのだ」

 この「黒い玉」、すなわち文明を破壊する技術という考えは、あきれるほど現実離れしていると思うかもしれない。だがそれを荒唐無稽と片づけることはできない。小さな集団の手に大量破壊能力を握らせるような玉を壺から取り出せば、文明は危機にさらされるとボストロムは警告する。たとえて言うなら、「イスラム過激派が核兵器を手に入れる」ような状況だ。

2つの条件が揃うだけで「終わり」

 この可能性が現実になるには、たった2つの条件が満たされるだけでいい。

 1つは大量破壊を望む集団がいること。もう1つは、大量破壊能力を大衆に与えるような技術があることだ。1つ目の条件がすでに満たされていることに、誰も異論はないだろう。現に多くのテロ集団や学校銃撃犯、大量殺人犯がいるのが、何よりの証拠だ。

 2つ目の条件、大量破壊能力を大衆に与えるような技術について、ボストロムはこう問いかける。もし核兵器が、国家レベルの高度な技術や資源なしでもつくれていたなら、歴史はどうなっていただろう? 「ただ2枚のガラス板で挟んだ金属に電流を通すような、ごく簡単な方法で、原子の力を解き放つことができていたとしたら?」

 ホームセンターで買える材料で核爆弾を製造できるなら、破滅的な結果になることは目に見えている。膨大な資金や専門知識、資源がなければ核兵器を製造できないことは、人間にとって最大の僥倖なのではないだろうか?

 ボストロムが言いたいのは、人間がこれからも幸運であり続ける保証はないということだ。いまもすでにDNAプリンターを使って、研究目的でDNAをすばやく安価に作製している企業がある。

 もしいつの日か、たとえば患者の遺伝子に合った薬を提供するためにDNAプリンターが家庭に置かれ、1918年に大流行したスペイン風邪のウイルスを自宅で複製できるようになったら? 1人の人間が、世界中の人間を絶滅させるかもしれない。

(本稿は『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』からの抜粋です)