ドイツで、12月8日にオラフ・ショルツ氏が率いる新政権が発足した。総選挙では、アンゲラ・メルケル前首相が所属した中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)は第2党に転落。第1党となったショルツ新首相が所属する中道左派の社会民主党(SPD)は、連立相手だったCDUを排除し、環境政策重視の緑の党と、市場経済重視の自由民主党(FDP)と3党連立を組んだ。ショルツ連立政権では、「親中政権」といわれたメルケル前政権の路線を転換させる可能性をはらんでおり、ドイツと中国の経済関係も危ぶまれる様相だ。国際政治学者であり、欧州情勢にも詳しい国際基督教大学のナギ・スティーブン・R准教授に、独中関係が直面する転換点について聞いた。(聞き手/ジャーナリスト 姫田小夏)
ドイツの新政権は中国と距離を置く可能性高まる
――中国に対して寛容だったメルケル時代のドイツ政治は、ショルツ新政権の発足とともに転換点を迎えるのではないかと言われています。新政権はこれまでの対中政策をどのように変化させると考えられますか。
ナギ教授(以下、略) 新政府は、いわゆる左翼または環境保護政治への移行を表すものです。これは、ドイツが経済政策をよりいっそうグリーンアジェンダ(環境や社会に配慮した計画)に沿ったものにシフトさせようとしていることを示唆しています。環境問題を支持する姿勢は、国内はもとより中国を含む他の国々で行われている「環境にやさしくない産業政策」から距離を置くことを意味します。
私はドイツ新政権と中国の関係はより複雑になるだろうと受け止めています。ドイツは、中国への投資における長期的な経済的利益と、中国の中間層市場の確保におけるバランスを模索すると同時に、二国間関係に加えて中国と西側諸国との関係の扱いにおいて複雑な局面に立たされています。つまり、サプライチェーンの中とサプライチェーンの外の両方における人権侵害や、知的財産権の侵害、またルールに基づいた透明性ある秩序に合致しない中国の行動が、関係をより複雑にするだろうということです。
これまでドイツやEU諸国は、新疆ウイグル自治区と香港で何が起こっているかを大きな懸念を持って静観してきましたが、民主主義の仲間である台湾に対する中国の挑発的な言動が警戒感を高めました。ドイツは米国の対中戦略とは一線を画していましたが、これがきっかけで米国の立場に近づきました。
一部のアナリストが予測しているように、米国とドイツ(およびEUの一部)が、機密性の高い軍民両用の技術への中国のアクセスを阻止するために共通の政策を取る可能性があります。もっとも中国はこれを防ぎたいと思っているわけですが、中国の態度によっては、新政権はさらに中国と距離を置くこともあり得るでしょう。
国際基督教大学准教授。1971年カナダ生まれ。2004年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程(国際関係)修了、2009年同博士課程修了。2007年早稲田大学アジア太平洋研究科のリサーチ・アソシエイト、2009年香港中文大学日本研究学科助教授に就任、2014年より現職。マクドナルド・ロリエ研究所のシニアフェロー、カナダ国際問題研究所(CGAI)のフェロー、日本国際問題研究所(JIIA)の客員研究員。横須賀アジア太平洋研究評議会(YCAPS)の政策研究ディレクター、在日カナダ商工会議所(CCCJ)の理事。また、2017~2020年までアジア太平洋財団のフェローを務めた。最近の研究プロジェクトに「2012年の領土問題をきっかけにした日中関係:中国における日本企業の貿易と投資戦略の変化の調査」など。現在、「インド太平洋における大国間競争に対するミドルパワーアプローチ」の研究に取り組んでいる。