いま様々な企業で、年齢や性別、国籍などを問わず多様な人材を活用して競争力を高めようという動きが目立っている。ダイバーシティ実現に向けた具体的なプランを公表している企業も数多い。
多様性のある職場を実現するには、リーダーによる環境作りが必要不可欠だが、旧式のトップダウン型リーダーシップでは、多様性を認め合う風土は生まれない。
では、多様性を推進していくこれからの時代のリーダーがなすべきこと、そしてリーダーにふさわしい振る舞いとは一体どんなものだろうか?
そこで今回は、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズ最新刊『人の上に立つということ』の日本版オリジナル解説を著した佐々木常夫氏と、アドビのマーケティング本部バイスプレジデント・秋田夏実氏がリーダーとして大切なことについて語った、本書刊行記念セミナー(ダイヤモンド社「The Salon」主催)の模様を全2回のダイジェストでお届けする。(構成/根本隼)

「多様性が欠けている会社」が致命的な判断ミスをする納得の理由

多様性は会社の価値を上げる

「多様性が欠けている会社」が致命的な判断ミスをする納得の理由佐々木常夫(ささき・つねお)
秋田市生まれ、1963年秋田高校卒。1969年東京大学経済学部卒業後、東レ株式会社に入社。繊維事業企画管理部長、プラスチック企画管理部長、経営企画室長などを経て‘01年東レ取締役、’03年(株)東レ経営研究所社長 ‘10年から(株)佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。 自閉症の長男を含む3人の子どもの世話と肝臓病とうつ病に罹り40回以上の入院を繰り返す妻の世話に忙殺される状況の中でも仕事への情熱を捨てず、さまざまな事業改革に全力で取り組む。東レ3代の社長に仕えた経験から独特の経営観を持つ。 内閣府男女共同参画会議議員や経団連理事、東京都の男女平等参画審議会の会長、大阪大学法学部客員教授などの公職も歴任。 著書に『ビッグツリー』『そうか、君は課長になったのか。』『働く君に贈る25の言葉』(以上、WAVE出版)、『50歳からの生き方』(海竜社)「リーダーの教養」(ポプラ社)『40歳を過ぎたら、働き方を変えなさい』(文響社)などのベストセラーがあり発行部数は180万部を超える。2011年ビジネス書最優秀著者賞を受賞、「ワーク・ライフ・バランス」のシンボル的存在と言われている。

――組織に多様性があると、会社にはどんなメリットがあるのでしょうか。
佐々木常夫(以下、佐々木) 多様性があると、会社の価値が必ず上がります。1つは環境面です。グローバリゼーションに対応するには、世界には様々な国や人々が存在しているということをまず理解しなければなりません。

 また、消費者の半数は女性ですから、女性目線での開発や営業は欠かせません。例えば、斜めドラム洗濯機というヒット商品は、女性が開発したもので、男性は思いつきませんでした。

モノカルチャーの組織は脆弱な体質になる

佐々木 もう1つのメリットは経営面です。異なる考え方や視点を持つ人がいると、議論が深まります。

 しかし、日本企業はモノカルチャー、特に男性社会のモノカルチャーな組織が多いです。モノカルチャーの会社は、トップの言うことに「右に倣え」なのでスピード経営が可能ですが、幅広い視点がないので致命的な判断ミスを犯しがちです。

 一方で、多様性があると、管理職や経営陣のやり方に対して様々な意見が出るので、必要に応じて立ち止まって検証が行われます。このような健全なコンフリクトは、企業にとって不可欠です。

秋田夏実(以下、秋田) 多様性のない組織は、ものの見方が画一的になってしまいます。そうすると、組織で仕掛けているプロジェクトやキャンペーンが、実はある特定の層に対する配慮に欠けていたり、不快な思いをさせたりするような内容だったとしても気づくことができません。

 そういったプロジェクトはいまの時代往々にして失敗しますし、会社のブランドイメージを大きく毀損します。ですので、「組織を守る」という点でも多様性の確保は極めて重要です。

大事な場面できちんと声が上げられる組織作りが重要

秋田 例えば私のチームは、男女比は1対1ですし、国籍はバラバラです。そもそも、国籍を意識する機会もそうありません。

 ただ、「多様な人がいるね」という単純な認識を持つことだけに終始してはいけません。大事な場面で、「考え直した方がよいのではないか」ときちんと声が上げられる空気を作っていくことが重要なポイントです。

自社製品について学ぶことが会社への愛着につながる

「多様性が欠けている会社」が致命的な判断ミスをする納得の理由秋田夏実(あきた・なつみ)
アドビのマーケティング本部のバイスプレジデントとして、マーケティング、デマンドジェネレーション、調査分析、広報、ブランディングといった日本でのマーケティング及び広報活動を統括。アドビ入社前には、マスターカード日本地区副社長、シティバンク銀行デジタルソリューション部長などを歴任。2017年に金融業界を離れ、常務執行役員としてアドビに入社し、2018年より現職。 東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院卒業(MBA)。 趣味は、空手とワイン・ティスティング。NewsPicksプロピッカー。やまなし大使。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教授。ワインエキスパート。

――社員にとって経営を「自分ごと」にしてもらうために、リーダーがすべきマネジメントはありますか。
秋田 会社の経営を社員が「他人ごと」扱いしてしまう組織は大変危険な状態だと思います。ですから、自分ごと化してもらうためのエンゲージメント向上施策が大切です。

 エンゲージメントの育み方には様々ありますが、自社の製品やサービスをきちんと理解してもらうのは効果的な方法の1つです。実際、私のチームでは、コロナ禍になってから約2か月間、社員が社員向けに自社製品の使い方を教えるオンラインセッションを週何回か開催しました。

 自社製品について学ぶ機会を提供すると、社員自身が会社のファンになるきっかけとなり、会社に対する思い入れが強くなります。逆に、使ったことも触ったこともなければ、会社の状況は他人ごとになりがちですからね。

部下に仕事を任せると長期的なメリットがある

――部下への仕事の任せ方のポイントを教えてください。重要度が高い仕事は自分でやって早く終わらせたいという人もいるそうです。
佐々木 自分でやった方が早いのは当然ですが、それでは部下が育ちません。だから、ぐっとこらえて部下にやらせないといけません。

 その際、何も教えずにやらせるのではなく、進め方を丁寧に指導する必要があります。誰でも、最初はイミテーションが必要ですから。

秋田 やり方をきちんと示せば、たいがいの人はノウハウを学んでくれます。そうすると、次に同様の業務があったときに、今度は1人でやり遂げてくれます。

 長いスパンで見ると、手間暇がかかっても1度きちんと教えるというステップを踏むことで、自分の本来の仕事に集中できるようになりますし、メンバーも次のステップへ登っていきます。

リーダーは部下のために時間を割くべき

――部下に指摘するときに、「否定された」と受け取られないようにする方法はありますか。
秋田 よかれと思ってアドバイスをしても、「否定された」と受け止められてしまうことは時々あります。

 話の冒頭だけ聞いて早合点してしまうと、アドバイスのピントがずれるので、大事なのは「話をじっくり聞くこと」に尽きるのではないでしょうか。

 じっくり聞くことで、話の裏にある真のメッセージを読み取れることもあります。佐々木さんが解説を寄せた『人の上に立つということ』の中でも、「リーダーはチームメンバーのために時間を使うべきだ」と書いてありました。時間を惜しまず傾聴して、相手に寄り添いながら自分にできることを考えるべきですね。

結果よりも「チャレンジした事実」を褒める企業風土

――失敗を怖がって意思決定できないメンバーに対して、どんなアドバイスをすればよいですか。
秋田 チームの仕事内容にもよりますが、例えば私のチームでは、新しいアイディアをどんどん試すことを推奨しています。

 そして、トライした人には“Swing the bat award”という賞を贈っています。とにかく打席に入ってバットを振ったということ、その事実を称賛するためです。

 果敢に小さなトライをして失敗しても、致命傷にはなりません。自分が思いついたアイディアをプレゼンで伝えて、それを形にして前に進むこと自体が推奨される企業風土を作っていく必要があります。結果を問わず、チャレンジした事実を周りがきちんと褒めるのが有効だと個人的には思っています。

いい仕事に対して「感謝の気持ち」を伝える

――社員に利益を還元するのに、賞与以外の方法で喜んでもらえることはあるでしょうか。
佐々木 いい仕事を与えることではないでしょうか。仕事に対する報酬は、新規のチャレンジングな仕事、ということです。本人にとってもそういう仕事は楽しいでしょうし、「認めてもらった」という喜びにつながるはずです。

秋田 アドビには、感謝の気持ちを示したい相手に、オンラインでメッセージを送るシステムがあります。このメッセージのやり取りがあると、「褒めてくれた」、「感謝してくれた」と実感できるので、モチベーションの向上につながります。コロナ前だと、サンキューカードをデスクに置いていました。

「信頼されたい」と強く思えば、自然と行動につながる

――最後に、若い世代に信頼されるリーダーになるために必要なことを教えてください。
佐々木 信頼されたいと思えばいいんです。そう思えば、自ずと信頼につながる行動が生まれますから。でも普通はなかなかそう思わないですね。「どう見られても構わない」という人もいますし。

秋田 世代が全く違いますので、とにかく相手に興味をもって、相手の目線に立ってみることが大事ではないでしょうか。そうすると、相手のニーズや不満なポイントが理解できますし、その姿勢を相手も見ているので、向こうも距離を縮めようと思ってくれるはずです。

(本稿は、『人の上に立つということ』の刊行記念セミナーのダイジェスト記事です)