これまでそれほど注目されなかったCOP(国連気候変動枠組み条約締約国会議)だが、英グラスゴーで開催された26回目、いわゆるCOP26は、メディアでの露出度もひときわ高く、とりわけ日本では、グレタ・トゥーンベリ現象を中心に、それに参加・同調する若者や環境活動家が取り上げられた。

 脱炭素を皮切りに、地球温暖化ひいては生物多様性の危機について、関心が高まり、具体的な行動が広がっていくことは望ましい。ただし、これらの問題は、科学用語や専門用語が飛び交う分野であり、脱炭素一つ取っても、相応の知識やリテラシーが要求される。

 しかし、地球に生きる生物すべてに関わる大問題ゆえに、どうしても個人個人の感覚や価値観、さらには国の利害で語られやすく、それゆえ大局観が共有されることは難しく、低きに流れ、易きにつきやすい。その典型が、石炭火力悪者論であり、その裏返しである再生可能エネルギー礼賛論である。理解不足や偏見のみならず、とりわけヨーロッパ諸国の一部の思惑が、この傾向に棹差している。

 しかも、COP26の開催中、合計190の国と企業が石炭火力発電を「段階的に廃止」し、新しい石炭火力発電への支援を終了する共同声明(Global Coal to Clean Power Transition Statement)を発表し、中国や日本が名指しで非難されたなどと報道されれば、ステレオタイプはより強固なものとなる。なお、COP26の最終的な声明は「段階的に削減」という表現に落ち着いた。

 再生可能エネルギーと一口に言っても、気候や地形、経済の発展度など、各国の事情によって適不適が異なる。たとえば、再エネの切り札とされる洋上風力発電にしても、海底に固定する着床式が適した国と、海上に浮かせる浮体式を選択するしかない国もある。太陽光発電も同様である。いずれにしても、かつての株主第一主義のように、きちんと吟味せず、偏った見方に惑わされて道を踏み外し、本末転倒に至った轍を踏んではならない。

 世界の平均気温の上昇を1・5℃未満に抑えることが焦眉の急といわれているが、最終的な目的は、温暖化の進行を食い止め、生物多様性を維持することである。そのためには、再エネへの転換だけでなく、省エネルギー、フードロスやゴミの削減、農林水畜産業の改革、その背後にある貧困問題の解消といった取り組みが欠かせない。

 また、マイナスを相殺する「ネット・ポジティブ・インパクト」、たとえば植林や屋上緑化などの復元や拡張、土壌の再生、海洋吸収によるアルカリ化の促進、企業などが生態系への影響を代償する生物多様性オフセットなども有力なドライビングフォースといえる。

 実際、ロイヤルダッチ・シェルや東京ガスなどが主導している、天然ガスの採掘から輸送、燃焼にかかるCO2排出を、森林保護などの活動を通じたCO2吸収量で相殺する「カーボンニュートラルLNG」が始動し、賛同の輪が広がっている。

 以上のように、複雑多岐にわたり、専門的なリテラシーが要求される地球温暖化問題について、経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員であり、長きにわたってエネルギー分野について社会科学の視点から発言してきた橘川武郎氏に、巷間に跋扈している誤解や偏見を正してもらいながら、日本が進むべき針路について聞く。

2030年の前と後で
見える景色が変わってくる

編集部(以下青文字):昨2020年10月、菅義偉首相(当時)は所信表明演説において、2050年までに国内の温室効果ガス排出量を実質ゼロ、すなわちカーボンニュートラルを実現させると宣言しました。つまり、それまでの80%削減という目標を引き上げ、2050年までに100%削減する、と。そして、2021年6月のG7でも同じ目標が掲げられました。

日本のエネルギーシフト<br />2030、2050への現実的シナリオ  国際大学 副学長 東京大学・一橋大学 名誉教授
橘川武郎

TAKEO KIKKAWA 国際大学副学長。東京大学名誉教授ならびに一橋大学名誉教授。経済学博士。専門は、日本経営史、エネルギー産業論、地域経済論、スポーツ産業論。経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員、出光興産の社外取締役を兼ねる。主な著作に、『日本の企業集団』(有斐閣、1996年)、『日本電力業発展のダイナミズム』(名古屋大学出版会、2004年)、『松永安左エ門』(ミネルヴァ書房、2004年)、『出光佐三』(ミネルヴァ書房、2012年)、『歴史学者 経営の難問を解く』(日本経済新聞出版社、2012年)、『日本のエネルギー問題』(エヌティティ出版、2013年)、『「週刊ダイヤモンド」で読む日本の経営100年』(ダイヤモンド社、2015年)、『応用経営史』(文眞堂、2016年)、『日本の企業家3 土光敏夫』(PHP研究所、2017年)、『エネルギー・シフト』(白桃書房、2020年)、『災後日本の電力業』(名古屋大学出版会、2021年)が、また主な共著に、『「日本的」経営の連続と断絶(日本経営史4)』(岩波書店、1995年)、『産業集積の本質』(有斐閣、1998年)、『日本経営史 新版』(有斐閣、2007年)、『日本不動産業史』(名古屋大学出版会、2007年)、『グローバル経営史』(名古屋大学出版会、2016年)など多数。

橘川(以下略):G7前の4月に開催された気候変動サミットでも、菅前首相は2030年に向けた温室効果ガス削減目標について、これまでは2013年比で26%減としていましたが、46%減まで引き上げると明言し、さらに「50%の高みに向けて挑戦を続ける」と付け加えました。国内では46%という数字が大きく報道されましたが、国際的には50%という数字のほうが広まっています。

 これら2つの目標を上方修正したことについて、個人的には、菅内閣は歴史に残る仕事をしたと思っています。過去を振り返ると、日本の地球温暖化対策や目標値は、他の先進国に比べてひどく見劣りしていましたが、ようやく追い付くことができたのです。

 ただし、私の見立てでは、2050年のカーボンニュートラルはともかく、2030年までに46%減を達成するのはほぼ不可能に近い。その理由は、これまでのエネルギー政策がお粗末だったからです。要するに、いまから本腰を入れても間に合わないのです。

 しかし、2050年までとなると話は変わってきます。今後の日本のエネルギー政策は、圧倒的な俊足を誇った往年の競走馬、ディープインパクトに例えることができます。2030年のゴールは近すぎて、いくら俊足でも先行馬に追い付けない。ですが、20年先の2050年というゴールならば、先頭で駆け抜けられるでしょう。

 菅前首相の発言を受けて、2021年7月に閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」も「野心的な見通し」と前置きし、2030年時点で総発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合を、これまでの22~24%から36~38%へ上方修正しました。そのカギを握るのが石炭・石油の割合を29%から21%に減らすことでした。日本の場合、2030年の前と後とで見える風景が変わってくるとおっしゃっています。

 具体的に説明する前に、皆さんといくつか共有しておきたいことがあります。

 まず、温室効果ガスの排出量を減らすには、再生可能エネルギーの割合を増やす必要があります。その際、風力発電と太陽光発電が期待されています。とりわけ前者の中でも、風車を洋上に設置し、海上の風を利用する洋上風力発電が大きなポテンシャルを秘めています。ところが、これを一基準備するのに最低8年が必要で、つまり2022年に着手して、ようやく2030年に稼働できるわけです。

 2018年に発表された第5次エネルギー基本計画では、「2050年には再生可能エネルギーを主力にする」と謳っておきながら、2030年時点での再生可能エネルギーの比率は従来通りの22~24%に据え置かれました。実は、この第5次の時に30%に上げておけば、いま頃は秋田県沖辺りに巨大な洋上風力発電所が建設中で、「頑張れば、2030年に再生可能エネルギー36%という目標も不可能ではない」と言えたかもしれません。

 風力に頼れないとなると、太陽光発電の割合を増やすしかないと考えるわけですが、こちらにも一筋縄ではいかない課題があります。それなりに普及したものの、太陽光パネルを設置できる場所が圧倒的に足りないのです。

 国土面積当たりで見ると、日本の太陽光発電導入量は主要国で最大、平地面積ならば、あのドイツよりはるかに高い普及率を誇っています。この背景にあるのが、2012年に始まったFIT(固定価格買い取り制度)です。既存の小売電気事業者は、太陽光発電などでつくられたクリーンなエネルギーを、国が定めた市場価格の2倍近い値段で一定期間買い取り、買い取る事業者に国が補助金(賦課金)を出すという仕組みでした。

 このFITのおかげで太陽光発電の普及が後押しされたわけですが、この買い取りにかかる費用は、利用者の電気料金に上乗せされていました。つまり、あまり知らないうちに国民が負担していたわけです。こうした問題から、その後制度が改正され、買い取り価格は徐々に下がっています。