ただ、うつ病の謎を解いた論文は2020年6月、アメリカの権威ある科学誌『iScience(アイサイエンス)』(Cell Press)に掲載され、日本のマスコミも大々的に報じたにもかかわらず、「疲労の新事実」を含めて周知のされ方はいまだに不十分と言わざるを得ない。

ノーベル賞級の大発見!ウイルス研究者が疲労・うつの謎にたどり着いた理由東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授の近藤一博医師

「うつ病は2030年には世界で最も重要な疾患になると言われています。世界では全年齢層にわたって2億6400万人以上が罹患(りかん)しているという調査結果もあります」(近藤一博教授、以下同)

 しかも、うつ病は過労死の最大の原因とされている。正しい知識が周知されることは、うつ病の予防法や治療法の開発を促進するのみならず、疲労やストレスが原因とされる多くの病気や諸問題の解消にもつながるものすごく大切なことなのだ。

がん研究から派生した
ノーベル賞級の研究

「もともと高い志を持って医学部に入ったわけではないんです」と笑う近藤教授だが、ウイルスの研究に進んだ背景からは、若者らしい志が見える。

「ウイルス学というと感染症の研究を思い浮かべるかもしれませんが、私が学生の頃は、ウイルスの研究と言えばがんのウイルスが主流でしたので、私も大阪大学の微生物研究所で、がんとウイルスの研究から始めました。ウイルスの研究から発がん遺伝子を発見したことで知られる花房秀三郎先生(故人)は、大学院時代の教授である高橋理明・大阪大学名誉教授の兄弟弟子でした」

 かつてのウイルス学は、がん研究の中心的な存在だったのだ。

「一方、高橋先生は、ヘルペスウイルスのワクチン作成に世界で唯一成功した功績で知られています。その人のもとで私も『体の中に潜んでいるウイルスが病気を起こす』ということに興味を持ち、体の中に潜んでいるウイルスと言えばヘルペスウイルスだということで、ヘルペスウイルスに着目するようになりました。

 そこから疲労の研究に発展したのは、当時『慢性疲労症候群』という病気が注目されるようになり、原因はヘルペスウイルス6だといわれていたことがきっかけです」

 がんの研究から疲労の研究への転身は、ごく自然な流れだったようだ。

「ヘルペスウイルスは研究対象としては地味だと捉えられるかもしれませんが、子宮頸(けい)がんなどの発生要因であるヒトパピローマウイルスの(HPV)の発見者であるツアハウゼンも、元々はヘルペスウイルスとがんの研究者でした。ただ当時の定説では、子宮頸がんの原因は単純ヘルペスウイルスだという説が有力でしたが、証明はされませんでした。彼は代わりにパピローマウイルスを研究し、ノーベル賞を取ったのです」

 近藤教授の発見もまさにノーベル賞級の研究なのだが、受賞の可能性については存外諦め顔だ。

「発見するのが早すぎました。周囲からもよく、死んでから評価される仕事だと言われます。がん遺伝子を見つけた花房先生も、画期的な発見すぎてノーベル賞を受賞していません。受賞できたのは、その仕事に追随した人たちです。私も生きている間に認められるのは無理でしょう」