「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。
フランスの存在で多文化志向になったカナダ
カナダは200以上の民族と毎年20万人の新規の移民を抱える国です。先住民族イヌイットが住んでいた新大陸にヨーロッパ人が入植したところまでは、アメリカと似ています。
1783年に終結したアメリカ独立戦争で、それまでイギリスの植民地だった13の州が今日のアメリカ合衆国になります。フランス植民地だったところに、独立戦争に敗れたイギリスの王党派が入植し、連邦国となったのが今日のカナダです。
カナダもアメリカと同じように、入植当初は先住民族への抑圧や収奪がありました。特に、先住民族の子どもたちを親から強制的に引き離し、寄宿舎に入れて先住民族の文化を否定する教育を行ったことは大変に大きな爪痕を残すことになりました。
カナダは「アメリカとよく似た北米の国」といわれていますが、実際はかなり性質が違います。アメリカと違う点としては、人種差別がアメリカほど激しくないこと。そして、排外的な動きが部分的に留まることです。
アメリカと同じく戦時中の日系人強制収容といった歴史もありますが、全体として人種差別は少ない。これがカナダ人の友人や、カナダに詳しい人たちと議論を重ねた私の見解です。
人種差別が少ない「理由その1」は、奴隷制度の爪痕の影響がほぼないこと。アメリカ南部の大農場経営といった産業がそもそもカナダにはなく、黒人はもともと少なかったようです。19世紀には、人種差別を逃れるためにカナダに移った人もいます。人種差別に揺れる隣国アメリカを反面教師にした面もおそらくあるでしょう。
もっとも、奴隷制度の爪痕がほとんどないからといって、現在カナダに居住している黒人への差別がないとはいえない点には注意が必要です。
「理由その2」は、フランス文化圏が強固に存在していること。ケベック州など国の半分はフランス文化圏で、これがカナダが多文化志向になっていく源です。今でも公用語は英語とフランス語で、モントリオールはまずフランス語。日本人が思うよりフランス語が強い社会です。
国際NGOでも、たとえば、アムネスティ・インターナショナルは、通常は1国1支部ですが、カナダには英語支部とフランス語支部の二つが併存しています。いかにフランス語文化圏が強固に存在しているかわかります。
もちろん、全員が英語とフランス語のバイリンガルではありません。ただ、仕事などの関係で、英語を話しているイギリス系の人も「フランス語を学ばなければいけない」し、逆もあります。
こうした異文化体験が日常にあること、文化が複線であることが、やや飛躍しますが、同じく異文化であるアジアの受け入れにもつながった面があるのではないでしょうか。
さらに、もう一つフランスの影響が大きいのは、カトリックが多い点。アメリカはあくまでもピューリタンが作ったプロテスタントの理想の国ですが、カナダにきたイギリス人、フランス人、その他の国の人も、宗教的な理念をもとに開拓したわけではありません。そこがカナダの寛容性につながっていると思います。
カナダは1960年代終わりから積極的に移民受け入れを始め、1970年代からは国家としても多文化主義を打ち出します。それは単に「英語圏とフランス語圏の文化」という意味ではなく、アジア圏にも門戸を開くことになりました。
1997年に香港がイギリスから中国に返還されると、多くの香港人がカナダに移住しています。特にバンクーバーは西海岸ということもあり、アジア系の移民が多い場所。街を歩いてもアジア系の顔の人が多く、漢字の看板も溢れています。
また、カナダの民族として、北部諸州に住むイヌイットも忘れてはいけない存在です。寒冷な地に古くから住んできたモンゴロイドの人々です。
カナダで発行される新聞は、英仏の他に中国語、ドイツ語、イタリア語など40カ国語以上にのぼるとされています。
私はカナダがこれからのダイバーシティを先導していける国の一つになると見ています。人種差別に対して比較的厳しいスタンスを国家として取ってきて、それが国民社会に浸透しているのがカナダです。しがらみがない新しい国ならではの利点だと思います。